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新入班員(2)

いつもの浮蓮亭はお気に召さないようなので、適当な集会所を探す。


制服通りの出口付近を見渡し、比較的席が空いていそうな店を見つけた。ニオイスミレを象った紋が刻まれた戸を指差し、アルフォスに聞いてみる。


「あそこの店で、少し今日の予定を話したいんだけど」

「いいよ」


快諾を得て、集会所に入る。


扉を開けると、仄かな薄荷と菫の香りが溢れてきた。同じ迷宮科の生徒が数人店奥の席に座っている以外は、客はいない。リシアは窓際の席に着くように促す。


「ニワトコのコーディアルを五倍で」


席に着くなり、アルフォスは近くの給仕に注文をする。


「リシアは?」

「え?えっと……この菫のお茶を」


咄嗟に目に付いた品書きの、一番上の品を頼む。


随分と慣れているが、以前この店に来たことがあったのだろうか。向かいに座るアルフォスを見つめる。


よくよく考えてみれば、四十二班に加入する前は、何をしていたのだろうか。どこかの班からわざわざ抜けて来たとは考えにくい。先日、高額素材の獲得表に初めて載った以外は特筆することもない弱小班なのだ。あるいは彼もまたリシアと同じく、訳あって一人でいた生徒なのだろうか。


「えっと、今日の予定だよね。地図作成と生態調査だっけ」

「うん。第三通路が良いかなと」

「そこはさ、第五通路とか行こうよ」


笑い声混じりでアルフォスはそう告げた。卓の端の品書きを取り、しばし眺めた後右手を挙げて給仕を呼ぶ。


「この冷製のパイ、一つ。あ、リシアも食べる?」

「いい」


小さく首を振ると、アルフォスは特に動ずる事もなく品書きを置いた。


呑気な様子のアルフォスを見ていると、アキラと初めて迷宮に行った時のことを思い出す。だがあの時は、ここまで苛立つ事もなかった。


第五通路は、キノコ狩りの一件を含めて立ち入った事は数回しかない。それも全て浅場だ。


「第五通路って……未だに全容も明らかになっていない場所でしょ」

「だからこそ、行く価値があるんじゃないか。僕らは冒険者だよ?まだ仮だけど」


尤もらしい言葉だが、賛成する事はできない。彼の事だ。第五通路の中でも奥の方へ行こうと言うのだろう。


「本職がいると気が散るかもしれないけどさ。奥の方まで行けば、珍しい生物もいるかもしれないし」


音も無く、店の給仕が卓の傍に立った。コーディアルの硝子杯、豚肉のパイ、菫の花茶で満たされた磁器を置いて立ち去る。


「君なら大きなイナゴくらい、倒せるでしょ」


コーディアルを銀の匙でかき混ぜ、アルフォスはリシアの顔をじっと見つめた。有無を言わさない、そんな視線を感じてリシアは咄嗟に目をそらす。


「掲示板に載ってたよね。蟲の……筋肉か何かを売ったって。倒して手に入れたんだよね」


リシアは何もしていない。元々手負いで、トドメを刺したのはアキラだ。


「……その時、別の班について行ってたの。一緒だった子が倒しただけで、私は何も」


いつもの「空いた班に入れてもらっていた」という体で話す。また嘘をついて、リシアの胃がきりきりと痛んだ。


「ほんと?その剣で倒したんじゃないの」

「私は何もしてない」

「そうなの?」


アルフォスは杯に口をつけた。


何とか誤解は解けたようだが、同時に悪手だったのではないかと内心リシアは暗澹とする。このまま「思っていたのと違うね」などと言われて立ち去られたら、以前と同じ状況に戻ってしまう。


それはそれで……肩の荷が下りるように思えるのも事実だが。


「謙遜?」


続く言葉に疑問符が浮かぶ。


「へ?」

「だって、あんな高額素材を手に入れたら一緒にいた班も名乗り出るでしょ。あそこには四十二班しか載っていなかった」


変な嘘をつくね。


そう言ってアルフォスは小さく笑った。


思った通り、悪手だった。アキラの事が勘付かれてしまうかもしれない。


協力者が迷宮科の生徒なら名乗り出るだろうに、一切音沙汰がないという事は迷宮科でも何でもない赤の他人という事だ……些か飛躍しているが、彼ならそう思いかねない。


緊張のあまり味のしない花茶を啜る。


「まあ蟲とかは置いといてもさ、第三通路なんて目新しい発見は無いだろうし。浅場なら、第五通路も安全なんじゃないかな」


アルフォスの言葉を聞いて、リシアは考え込む。


確かに、第三通路にはマイカが班にいた時も含めて何度も足を運んでいる。この辺りで少し、先に進むのも良いかもしれない。


……既に、アキラと共に小迷宮の奥で先史遺物と交戦するという十段飛ばしぐらいの事はしているのだ。第五通路の浅場程度なら、同行者がアキラではなくても大丈夫だろう。


「……そうだね。浅場なら」

「それじゃ、第五通路に行こうか!あ、ごめん。パイは食べさせて」


リシアの言葉を聞き終わらないうちに、男子生徒は慌ただしく動きながらパイを頬張る。リシアも、残った花茶をアルフォスがパイを食べる間楽しむ事にする。


「それにしても、用心深いんだね。もうちょっと気楽にしても良いと思うけど」


君ももう少し慎重になった方が、などと嫌味を言いそうになって止まる。相手の気を悪くする必要は無いはずだ。澄まし顔を作って、リシアは少し冷めた茶を味わう。


皿が空になると、どちらが先に言うでもなく席を立つ。会計をするべく給仕を呼び、リシアは陶貨を数枚渡す。アルフォスはと言うと、懐を探ったりしながら困り顔をしている。


「あー……先に店出ていて」


小さな声が何だか哀れで、リシアはおとなしく店先に出る。


硝子窓からちらりと店内を覗くと、アルフォスは朗らかに笑いながら給仕に何かを頼み込むような仕草をしていた。


ツケかな。


呆れながら、リシアは駅の方へ視線を向ける。


大勢の生徒が、冒険者が、異種族が、駅に入っては出てくる。たまに入ったきり、出てこないニンゲンもいる。今往来する中にそんなニンゲンがいる確率は、低くはない。


何故迷宮に行くのだろう。皆も、リシアも。

そう考えて、リシアは頰を軽くはたく。課題の為に決まっている。目下のところ。


……将来の為と即答出来るようになりたいものだと、リシアは一人内省した。


「お待たせ」


緊張感のない笑顔を浮かべながら、アルフォスが店から出て来た。


彼もまた、リシアと同じく将来の為に迷宮へ向かうのだろうか。


恐らく、そんなに細かい事は考えていないのであろう笑顔から目を逸らして、リシアは駅へと歩き出した。

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