新入班員(1)
アキラの姿が見えたような気がして、リシアは周囲を見渡す。
目立つはずの赤ジャージだが、制服通りの往来の中ではなかなか見つけることが難しい。あるいは、そもそもアキラはいなかったのかもしれない。
どこか挙動不審な様子で辺りを見回す班長を見て、新規班員はくすりと笑う。
「な、なに?」
「いやなんか、面白くて」
憮然とした顔で班員の笑顔を見つめる。どうも調子のわからない少年だ。
見知った赤ジャージの姿が見えないことを確認して、駅に向かう。
「そういえば、拠点にしてる集会所とかはあるの?」
隣を歩くアルフォスが、リシアの顔を覗き込むように問う。
「……一応」
「へー。なんて店?」
「浮蓮亭ってところ。異国通りの店で、」
「異国通り?」
素っ頓狂な声を出し、アルフォスは立ち止まる。予想以上の反応にリシアは驚き、固まってしまう。
「そんなところの店で、換金とかしてるの?絶対ぼったくられてるって」
「そ、そんな大声で言わなくても……それに」
いくらなんでも、失礼が過ぎる。眉をひそめてリシアはそう告げようとして、
「あれっ、リシアじゃないか」
ぽん、と肩に手を置かれた。
降ってきた聞き覚えのある声に、反射的に背後を振り向くと、体格の良い女生徒がこちらを見下ろしていた。つい最近迷宮で出会ったその姿を見て、リシアは一瞬言葉を忘れる。
「あ……デーナさん」
小さく女生徒の名前を呟き、アルフォスは礼をする。どこかぎこちない動きを見るに、それなりに緊張しているようだ。相手は迷宮科の有名人だから、それも当然だろう。
「お、そっちは『初めまして』か?よろしく」
おそらく面識のない男子生徒に向かって、第六班の副班長は屈託のない笑みを見せた。右手を差し出し、握手を交わす。
「アルフォスと言います。お噂はかねがね」
「ははっ、どんな噂なんだか。まあよろしくな後輩」
挨拶を終え、デーナはリシアに向き直る。
「班員か?」
「はい。今日四十二班に加入したんです」
「思ったより最近だな」
デーナのからかうような言葉に愛想笑いを浮かべつつ、リシアは答える。
いつアキラの名が出てくるか。
その事が気になって、気の利いた言葉が思い浮かばない。
「これから迷宮か」
「はい。何個か課題を進めようと思って」
「そうかあ。時間があったら飯でも奢ってやろうと思ったんだが」
残念そうに肩をすくめるデーナに、アルフォスはちゃっかりと「また今度、よろしくお願いします」と告げた。
「……この間の詫びもあるしな」
続いたデーナの言葉に、リシアは虚を突かれる。「詫び」の意味に気付いて、両手を振った。
「いえ、そんな。今こうして無事ですし」
あの状況下で、班員でもないリシアを追うのは得策ではない。副班長、あるいは第六班班長のシラーの判断は正しい。
「気にしないでください」
「そうは言ってもなあ」
歯切れの悪い様子のデーナだったが、萎縮した様子のリシアを見て、すまなさそうに微笑む。
「……ほんと、悪かったな。それじゃ、気を付けろよ」
「ありがとうございます。先輩もお気を付けて」
「ん、ありがとな」
防具で固めた手を挙げ、デーナは去って行く。装備を見るに、彼女もこれから迷宮に行くのだろう。もしかしたら、また地下で会えるかもしれない。
「……仲が良いんだね」
デーナの後ろ姿を見送るリシアの側で、アルフォスが囁いた。
「え?」
「六班の副班長は、怖いって有名だからさ。そんなのに気遣われるなんて、元から知り合いだったり?」
「いえ。以前たまたま、一緒に迷宮で行動する事があっただけ」
「そんなの」呼ばわりにほんの少し腹を立て、リシアは手短に告げる。
「へー。もしかして、シラー様とも一緒だった?」
「ええ、その時は」
「そっか。意外に顔が広そうだね」
評価されている。
そう気付いて、リシアは隣を歩く班員に不信感を抱いた。他人の交友関係を利用する事自体は、別に悪い事ではないだろう。だがその期待を露骨に寄せられても困る。
次はアキラのように、紹介を頼んだりするのだろうか。
「もし良かったら今度……」
「それより、アルフォス」
思った通り、何かを頼むような声音を出したアルフォスを遮るように、立ち止まる。
鞄を探り、加入届を差し出す。アルフォスは書類を見て小首を傾げた。
「えーと、加入届?」
「そう。エリス先生が、明日までに提出してって」
リシアから加入届を受け取り、しばし無表情で紙面を見つめる。
「……わかった、提出しておく。すっかり忘れてたよ。ありがと」
「よろしくね」
抑揚の無い声で礼を言うアルフォスに、リシアは違和感を覚える。どこか、不満気な様子だったからだ。
そもそも、加入したいと言ったのはアルフォスの方だ。それなのに加入届を忘れるなんて……。
思い浮かべた小言を堪える。折角加入してくれた班員と仲違いをするのは避けたい。
アルフォスが加入届を小さく折りたたんで懐に入れたのを見届けて、リシアは再び歩き出した。




