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地上の放課後

放課後は中庭へ。


そう考えて、アキラは教科書を鞄にしまう手を止めた。


いや。もう中庭で人を待つ事も無い。しばらくは迷宮に行けないと、彼女は言っていたではないか。ここ最近の習慣となっていた放課後の待ち合わせが急に途絶えてしまった事を、アキラはほんの少し、寂しく思った。


未だ日は高く、明るいが人気のない教室を見渡す。いつも話し相手になってくれるセレスも、今日は紅榴宮に用があると早々に帰ってしまった。


家に帰っても、やる事はない。いつも通り食事をして、明日の準備をして、就寝するだけだ。改めて考えて見ると、何の予定もない「日常」は久しぶりだった。


食事……。


胃袋が収縮して喚きだした。そういえば、パンを切らしている。買い出しに行こう。


財布の中身を確認する。いつもより家計にゆとりがある。ここ最近、リシアの迷宮探索について行って、臨時収入があったお陰だろう。


一人分の食事というのは、意外に面倒だ。懐に余裕もあるし、今日はどこかに食べに行くのも良いかもしれない。


脳裏を過ぎったのは、いつもリシアと行く浮蓮亭だった。あそこならアキラも満足できる量を出してくれる。


少し早めの夕飯を食べるため、アキラは教室を後にした。






制服通りに建ち並ぶ集会所を眺めながら、アキラは足を進める。昨日と同じ夥しい枚数の貼り紙が、未だ怪物騒動に進展がないことを示していた。


現実感が無い騒動だ。


アキラの住まいは、怪物が目撃された水路のすぐ側だ。長い間そこに住んでいるが、怪物のようなモノを見た事はない。怪物が女学生の前に現れたというその日も、周辺に異常は無かったように思える。


以前、リシアに告げた仮説を思い起こす。仮に怪物が、以前小迷宮で出会った先史遺物と似たような物であったのなら、女学生が無事だったのは幸運としか言いようがない。


あるいは、あの時のリシアのように先史遺物側の都合があったのかもしれない。リシアへの一件を見る限り、どうやら先史遺物には、迷宮の侵入者の排除以上に優先すべき事があるようだ。


……それらはともかくとして、その遺物が水路に突如出没するのは不可解だ。まさか、ローム湖から河川の流れに乗ってやって来たとでもいうのだろうか。


なんだか滑稽な光景だが、満更有り得ない話ではないように思える。


取り留めもなくそんな事を考えていると、視界の隅に見覚えのある姿が入った。その姿が誰なのか気付くと、瞬時に怪物騒動は頭の片隅に追いやられた。長い触角とつややかな甲殻を持った異種族の背を追い、アキラは制服通りを抜ける。


「ライサンダーさん」


思いのほか小さな声だったが、当の本人は名を呼ばれた事に気付いたようだった。立ち止まり、周囲を見回す。


背後を振り向きアキラを見つけて、ライサンダーは軽く会釈をした。


「こんにちは。また会いましたね」

「こんにちは」


相変わらずの定型文のような挨拶を交わす。外套の裾についた、まだ乾き切っていない泥汚れを見て、アキラは好奇心を抑えられずに口に出す。


「迷宮から帰って来たんですか」

「はい。今日は第四通路へ……地質の調査です」


全体的に白く薄汚れた外套を気にしながら、ライサンダーは答えた。


「地質というと、鉱脈が発見されたとかでしょうか」

「いえ、構内の安全を確保するための、見回りのようなものですね。こういった地盤の調査は、定期的に大人数の募集がかかるのです。学生も多く見受けられます」

「そうなんですか」


良い事を聞いた。

迷宮科の友人の姿が一瞬思い浮かび、しかしすぐに彼女が側にいない事に気付く。


「今日はおひとりですか」

「あ……はい」


ライサンダーの問いに、アキラは頷く。今日どころか、次に一緒に街を歩けるのはいつになるのか……。


途端に、不安になった。突然沸き上がってきた感覚に、アキラは内心ひどく狼狽える。


無論、それを表情に出したりはしない。


「用事があるみたいで、しばらく一緒に迷宮には行けないと」

「そうでしたか」


巨軀のフェアリーは口を閉ざした。言葉を選んでいるのだろう。アキラもまた無言で相手の言葉を待つ。


「……あまり日を置かずに迷宮に入っていたようですから、休息を取れるのは良い事だと思います。またお二人で迷宮に行ける時まで、ゆっくり休んでください」


何となく歯切れが悪いのは、公用語が不慣れなだけではないのだろう。


アキラとリシアの間に何か問題でも起きたのかと、勘違いをしているのかもしれない。


「そうですね。リシアも少しは休めていると良いですけど」


またお二人で迷宮に行ける時まで。


ライサンダーの言葉が、返事をするアキラの心中で木霊した。


先程の不安は、それが「いつ」になるのか、全く予想がつかない事から起因するのだとアキラは気付いた。


思わず口を閉ざすアキラを、ライサンダーの複眼が見つめる。暫しの沈黙の後に、大顎が蠢いた。


「そういえば以前、この辺りの美味しい店を教えると仰っていましたね」


焼き菓子のお使いをした後に交わした会話の事だった。思いがけない言葉に驚き、その時の様子を思い出して、アキラは少し照れる。


「そうでした」

「もし良ければ、お勧めのお店を教えていただけませんか。小腹が空いていますし……甘い物を食べたら、気力も戻ります」


不安に勘付いたのだろうか。


咄嗟に思い浮かんだ疑問を振り払う。ただ単に以前の約束を思い出しただけなのだろう。気力が戻るというのも、アキラに向けた言葉であるとは断定できない。


それでも、アキラを気遣っての言葉なのではないかと、ほんの少し嬉しくなる。


「良いですよ。前は砂糖菓子でしたから、今日は卵の菓子なんてどうでしょう」


いずれにせよ、買い食いは大歓迎だ。

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