班長と班員
選りすぐりの難題を見比べて、リシアは溜息をつく。
「……この地図作成の課題はどうかな。比較的浅場だし、ネズミとかの小動物ぐらいなら生息しているから一緒に生態調査の課題も取って同時にこなそう」
「地図に生態調査かあ」
男子生徒は渋い顔をして、腕を組んだ。不満気な仕草だが、声だけが妙に明るい。
「手帳にちまちま記していくのは苦手だけど……うん、それをやろう」
一言多いアルフォスの返事に、リシアは釈然としないながらも頷く。
「いつ行く?」
「そりゃ勿論、今日だよ」
班員は至極当然といった風に笑顔を浮かべる。急な提案にリシアは困惑する。
お互いの事を何も知らないのに……とこぼしそうになって、口を噤む。アキラと迷宮に行った時も、相手の事について何一つ知らない状態だったはずだ。
これから、打ち解けていけばいい。
「……わかった。この課題ね」
机上の書類をまとめ、アルフォスに差し出す。
「それじゃ、放課後に。中庭で待ち合わせてから」
「うん!また後で」
詳しい相談も無く、男子生徒は片手を振って教室を出た。まとめた書類を持ったまま、リシアは呆気にとられてしまう。
……アキラは迷宮についての知識は無いが、「冷静さ」があった。不必要に先を急ぐ事も取り乱す事もなかった。その点については、むしろリシアが見習わなくてはならないぐらいだ。
だがアルフォスには、その「冷静さ」が欠けているように思える。彼との冒険は正直、アキラと共にいるよりも気疲れしてしまいそうだ。
気疲れ程度で済めば、良いのだが。
書類に班長の署名を記し、誤記がないかを調べる。一通り目を通して、リシアは席を立った。
まだ昼休みも半ばだ。今のうちに、講師に課題の届け出をしてしまおう。そう考えて教室を出る。
以前のやり取りが脳裏を過ぎり、頭を振る。あんな事があったからこそ、挽回をしなければならない。
講師が待機する大部屋の、半開きの扉から室内をうかがう。何時もの顔ぶれが見えて胸をなで下ろしたリシアは、扉のすぐそばに座る女性講師に挨拶をして入室する。
「エリス先生」
以前と同じ弁当を黙々と食する講師に声をかける。生徒の来訪に気付いた講師は、匙を置いて無言のまま右手でリシアを制した。その場で立ち止まり、リシアは講師の足元に視線を下ろす。
あ、と思わず声が出て、萎縮する。
「……すまない、待たせた」
身なりを整えて杯の水を飲み、講師はやっと言葉を発した。休憩中に訪ねた事を今更リシアは申し訳なく思って、頭を下げた。
「お昼中にすみません」
「いや、構わない。ところで用件は」
抑揚のない声で講師は告げ、リシアの抱える書類を注視した。講師が引き寄せた椅子に腰掛け、リシアは書類を差し出す。
「学苑の課題か」
書類を受け取り、講師は目を通す。紅墨の染みた硬筆で点を打ちながら、じっくりと確認をする。
「今回はどこの班と行くんだ」
来た。
想定していた質問にリシアは一瞬怖気付き、だがすぐに思い直して答える。
今は、何も後ろめたい事はない。
「新しい班員が入ったんです。彼と一緒に行きます」
はっきりとそう告げると、紙面を見つめていた講師が顔を上げた。
「新しい班員?」
「はい。ついさっき、班に加入してもらったんです。相談自体は一昨日から聞いていて」
「そうか……」
講師が、今まで見た事も無い表情を浮かべた。
「良かったな」
「本当に。これで、ちゃんと四十二班として活動できます」
束の間、何時もの顔に戻った講師に向かって、万感の思いを込めて告げる。
幼馴染はいないが、入学当初の状態に戻ったのだ。これから、班として再び学業に邁進する事ができる。
「ところで、誰が加入したんだ」
書類棚から加入届と思わしき紙を取り出して、講師は問いかけた。差し出された紙を受け取り、リシアは答える。
「同学年の、アルフォスという男子生徒です」
「アルフォス?」
一瞬、講師は隻眼を訝しげに細める。少し考え込むように硬筆を指先で器用に回して、口を開いた。
「……加入届は明日中に提出するように伝えてくれないか」
「明日中、ですか」
随分と短い期限だ。不審に思いつつも、リシアは頷く。成績を付ける際の都合などもあるのだろう。
「わかりました。伝えておきます」
「それと、何か問題が起きたらすぐに連絡するように」
至極当然な言葉を告げて、講師は片膝に手を乗せた。どこか落ち着かない指の動きを見て、リシアは席を立つ。
食事をしたいだけ、ではないようだ。早々に立ち去った方が良いだろう。
椅子を元の場所に戻し、礼をする。
「休憩中に失礼しました。また課題が終わったら、よろしくお願いします」
「ああ。報告の時には、アルフォスも連れて来てくれ」
講師に背を向け、大部屋を後にする。扉を閉める際、振り向きざまに講師の席を見ると、訪れた時と同じように義足の留め具を外していた。
次の報告は、邪魔にならないように講義後の小休憩の時にしよう。
廊下を歩きながら、リシアは密かにそう決めた。




