同行者
「制服通り」はいつもと寸分変わらない賑わいだった。行き交う少年少女は皆学苑の制服を身に付け、思い思いの行動を取っている。ある者は集会所の窓辺で優雅に喫茶を楽しみ、ある者達は班で話し合いをしているのか、真面目な顔で卓を囲んでいる。昨日までも、ほぼ同じ光景が放課後に繰り広げられていたはずだ。
ただ今日は、建ち並ぶ店舗の窓に貼り付けられた「怪物」の注意書きが、その枚数も相まって制服通りに異様な雰囲気を漂わせていた。
「すごい」
窓のほぼ全面を貼り紙で埋めた集会所の前に立って、アキラは呟く。
「こんなに問題になってたんだ」
「第一発見者が学苑の生徒ってのもあるかもね」
先程出会った女生徒の青い顔を思い出す。どこか様子がおかしかったのは、「怪物」を目撃した所為もあるのだろう。
続いて訪れた駅の周辺も「怪物」一色だった。ほぼ全ての街灯に目撃情報が貼り付けられ、行き交う冒険者達の会話にも「怪物」という単語がちらほらと混じる。
「怪物なんて見慣れてそうだけどね」
リシアはぼやく。考えてみれば蟲や先史遺物も怪物とそう変わらない。いずれも迷宮に潜る者にとっては脅威だ。
「やっぱり先史遺物かな。この間の小迷宮から出て来たとか」
「その可能性もあるよね……この間の奴は炉を抜いたからもう動かないだろうし、まだ沢山いるのかも」
あの小迷宮の奥底では、あんなのがわらわらと蠢いているのだろうか。想像して、リシアはゾッとする。
「でも、あの小迷宮からのこのこ這い出て来ていたら、誰か冒険者が先に見つけるよね」
リシアの言葉に、アキラは考え込む。
「エラキスに続く地下通路があるとか」
恐ろしい仮説だった。
もしアキラの説が正しかったら、リューがあの水の矢の餌食になっていた可能性もあったのだろう。そして今後、エラキスの一般市民に犠牲者が出る事もあり得る。
「……ただの見間違いとかなら良いんだけれど」
怪物がいないのなら、それが一番良い。
リシアの発言を聞いてか、アキラは無言で頷いた。
いつの間にか二人は「異国通り」に立ち入り、路地裏に差し掛かる。不思議と浮蓮亭の構える路地に貼り紙は見当たらなかった。
浮蓮亭の扉の前に立ち、重厚な把手を握る。
静かに戸を押すと、簾の向こうから店主の掠れた声が聞こえてきた。
「いらっしゃい。一昨日ぶりだな」
完全に扉を開いて姿を見せる前にそんな言葉をかけられ、リシアは驚きのあまり立ち止まる。リシアの背後で、アキラもまた驚いたように間延びした声をあげた。
「へー、なんでわかったんですか」
「足音でわかる」
そう言って、店主は簾の隙間から水の杯を二つ出した。
この裏路地に入ってきた時点から、二人がやって来た事がわかっていたのだろうか。リシアは訝しがりながら、席に座る。
「不気味ぃ」
そう言い捨てたのは、定位置に座っていたハルピュイアだった。ハルピュイアは水を口に含み、喉を十分に湿らせる。
「学生さん達は、怪物退治はしないの?」
「そんな危険な事……私の手にはおえないだろうし」
「あ、結構身の程をわきまえるんだね。自分の力量がわかる冒険者は長生きするよ」
おちょくるような言葉にも随分と慣れてしまった。それでも、内心リシアはハロに向かって舌を出す。
「もしかして、ライサンダーさんとケインさんは怪物退治に?」
どこか心配そうな声音で、アキラはハロに聞く。美少年は足を組み直して、床に触れている鉤爪の一本を何度か軽く突き立てた。
「あんな得体の知れない依頼受けないよ。まともな組合は」
壁に針で留められた、外で見たものと同じ紙を見上げる。
「調査すっ飛ばしていきなり討伐依頼だし」
「何だか街が沸いている。どこもかしこも怪物の話題ばかり」
そう言ったのは店主だった。簾が巻き上がり、魚の塩漬けと香草が香る麺料理が出てくる。
「ほら、注文の品だ」
「卓まで持って来いって言ってんのに……」
ぶつぶつと文句を言いながらも、ハロは席を立ち、皿を取る。
「そのうち、怪物と迷宮の街とか言い出しそうだ」
「新たな資源じゃん」
暢気に笑う異種族を見て、リシアはエラキスの未来を思う。外からやって来た者達から見ると、この街は迷宮で「もっている」ように見えるのだろうか。
その実態を否定する事もできず、リシアは椅子に腰掛ける。水を一口飲み、早速注文をする。
「店主、テンシンで何かオススメの物はある?」
「そうだな。今日は……王道で包子なんてどうだ」
「パオズ?」
「蒸しパンの生地で挽肉や豆の砂糖煮を包んだ点心だ」
豆の砂糖煮……考えた事もない食品だ。当然、味の想像もつかない。
それならば試しに一つ、と考えて、リシアは自身が随分と好奇心旺盛になっている事に気付く。浮蓮亭を知る以前は食べ物で冒険をする事は無かった。
「しょっぱいのも甘いのも、結構食べ応えがある」
「うーん……じゃあ、豆の砂糖煮のパオズをお願い」
「わかった。アキラはどうする」
「揚げ物が食べたいです」
かなりがっつりとした注文に、店主は「ほう」と小さく声をあげる。
「今日は二人とも、一段と腹が減っているようだな。任せておけ」
何とも頼もしい言葉だ。




