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ひととき(1)

紙箱を開けると、磨り硝子の欠片のような砂糖菓子が整然と並んでいた。九つのうち、真ん中の一粒をつまんで頬張る。


思ったよりも柔らかく、さっくりとした歯触りの後に、甘さを抑えた蜜が溢れ出す。林檎の風味だ。


「ボンボンですね」


自国の言葉で、このような砂糖菓子の事を指すのだろう。ライサンダーは菓子をしげしげと眺めながら呟いた。


「アキラさん、いただきます」

「どうぞどうぞ」


礼を告げて、早速一粒が顎の中に消えていく。しばらく無言で顎を動かし、フェアリーは砂糖菓子を味わった。


「……とても美味しいです。果物の酸味も効いていて、甘いばかりではない。何個でも食べられそうです」

「良かったです。限定の焼き菓子が売り切れていたのは残念ですけど……」


至極残念そうな顔でアキラは砂糖菓子を食べる。「エラキスのレンガ」と呼ばれる焼き菓子が有名な店なのだが、生憎売り切れてしまっていたのだ。代わりに購入した砂糖菓子だが、こちらも店の目玉商品だけあって味わい深い。


リシアは橙色の粒をかじる。ほろ苦い柑橘の味だった。


「もう一箱あるので、他の方々にもお裾分けです」


紙袋を掲げ、アキラは告げる。


総額は赤紙幣二枚。赤紙幣一枚を使い切るだけが思わぬ赤字になってしまい、リシアは一人申し訳なくなる。


そんなリシアの心境など知る由もなく、アキラは欠片を一粒頬張り、麦星通りを悠々と進む。


「浮蓮亭に行きましょう」






蓋を開け、中の砂糖菓子を見せると呪術師はなんとも嬉しそうに耳を立たせた。


「へえー!食べてもいいのかな?」

「どうぞ」


長い爪が赤い欠片を摘む。おそらく酸味の効いた苺味だ。


「どうぞ」

「あ、いいの?」


頬杖をついていたハロは、突然菓子を勧められて目を丸くする。しかし即座に手を伸ばして、白い欠片を取った。


「ありがと」

「店主さんも」

「悪いな、感謝する」


僅かに空いた簾の隙間に紙箱を入れる。少ししてアキラが箱を下げると、慌てた嗄れ声が簾の向こうから聞こえてきた。


「待ってくれ、まだ選んでる」


再び箱を入れると、「ありがとう」と合図があった。引き寄せられた箱からは、紫色の砂糖菓子が無くなっていた。


「いやー生きて帰還出来て良かったな!二人の無事に乾杯だ!」


ケインは真っ赤な顔で硝子の杯に麦酒を注ぎ、一人で宙に杯を掲げる。


「あ、我々の帰還にも乾杯」


そう言って、卓に置いてあったライサンダーの杯にちんと縁を打ち付ける。既に出来上がっているようだ。


「あの好青年くんに送ってもらったのかな」

「えっと……途中まで」

「途中?」

「その後遺物に遭遇して、私とアキラは先輩とはぐれちゃったんです」

「……そのセンパイは逃げたのかい?」


ケインは麦酒を中指でかき混ぜる。二人を見る目が妙な光を帯びていた。


「い、いえ!私が勝手に離脱しただけで……あ、そうです」


シラーにあらぬ疑いが掛かりそうだったので、話を変える。小物入れから布で包んだ「戦利品」を取り出し、卓に置いた。


「お、なんだいそれ」

「あの、店主。これを買い取ってほしいの」


布を広げる。


天井で揺れる灯具の明かりの下で、薄緑色の「炉」は妖しく輝いた。


店内が静寂に包まれる。


「……なんでそんなもん持ち帰ってくるの」


最初に言葉を発したのはハロだった。華奢な少年には似つかわしくない、怒気を孕んだ声だった。脚の鉤爪で床を引っ掻く耳障りな音が、その声に被さる。


「ハロ、どうどう」


顔を上気させて今にも襲いかかってきそうな様子の組合員を宥め、ケインはリシアに向き直る。


「……驚いた、遺物を倒したのかい!」


目を輝かせ、我が事のようにケインは歓声をあげた。


「君達も晴れて『死に損ない』だな!」

「し、死に損ない?」


不穏な称号を耳にして、リシアは頰をひきつらせる。


あまり褒められた呼び名ではないようだ。


「自律型の遺物に遭遇して、炉を得た冒険者を『死に損ない』と呼ぶ慣習があるのです」


ライサンダーが静かに説明をする。


「……早く手放した方が良いでしょう。剥き身の炉は危険です」


続く言葉に、リシアは固唾を飲む。炉が危険物であるという認識は、どこの冒険者も同じであるらしい。


一方、ライサンダーの上司である呪術師はそんな事は御構い無しに値踏みをする。


「どうかな店主。私の見立てだと、緑紙幣三十枚は下らないと思うんだが」

「三十!?」


はしたなく声を荒げてしまい、リシアは口元を覆う。


予想を超える大金だ。半分はアキラに渡すとしても、緑紙幣十五枚は学生のリシアでは持て余してしまう。


班の活動費にあてるのではなく、家に預けるのが最良だろうか。


「……すまないが、受け取れない」


沸き上がるケインとリシアをよそに、店主は極々冷静な口調で告げた。リシアは現実に引き戻される。


「えー」


不満げな声を漏らしたのは、リシアではなくケインである。


「何故だ」

「エラキスで自律型の先史遺物が発見されたのは今回が初めてだろう。遺物の流通が整っていない」

「業者がいないって事?」


ハロが脚を組み直す。


「金にならないんだ」

「一応買い取ってくれる奴はいる……だろうが、学生が縁を持つべき相手ではない。おとなしく明細を渡すような奴等には思えないし、質が悪い業者と関わりを持っていたら、学業に差し支えるんじゃないのか」


リシアは納得し、意気消沈する。正規に買い取ってくれる者がいないのであれば、これはただの危険物だ。


いや。


もし業者がいたとしても、炉を売り払うのは考えものだ。学苑では迷宮で取得したものを売却した際、取引の明細書の提出を求められる。炉と大金の明細書を目にしたら、あの講師はまず疑うだろう。


何故学生が……それも落ちこぼれのリシアが、遺物を仕留めることが出来たのかと。


その後の展開を考え、リシアは顔色を変える。蟲と違って、手負いの先史遺物と遭遇しましたと言える筈もない。


「まあ、こちらでも良い値で買い取ってくれそうな奴は探すよ。もちろんまともな奴でな」

「まるで、まともじゃないけど良い値で買い取ってくれる伝手はいるような口振りだね」


からかうようなハロの言葉に、店主の返答は無い。


妙な緊張感が店内に走った。

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