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退班

赤ジャージの少女と別れ、シラーは迷宮科棟へ向かう。少女の無表情だが、明らかな怒気を帯びた目を思い出しにやつく。


甘い考えの少女だ。なまじ理想を貫ける能力を持つが故に、シラーの方針に嫌悪感を抱くのだろう。


そもそも背負っているものが違うのだ。彼女にとって相棒の落ちこぼれは唯一無二の存在なのだろうが、シラーにとって二十名あまりの班員は「歯車」でしかない。


班という機関の中で、彼らが滞りなくシラーの望む仕事をこなせるようにそれなりに気を配って整備を行っているつもりだ。


それでも所詮は歯車だ。錆びたり噛み合わなくなった歯車は取り替えなくてはならない。班が健全に稼働するために必要な事だ。もっとも、現状試運転の段階なのだが。


それに、彼女は取捨選択を批難したが、彼女自身もあの時選択をした筈だ。


遺物が暴走した時、離脱するのではなくしがみ付いたのは、遺物の注意を惹きつけるためだったのではないか。シラー達に撤退する隙を与える為に。


見上げた献身だ。


自分自身を犠牲にするのは、仲間を見捨てるよりずっと愚かしい。


そんな献身的な彼女も、迷宮に潜っていればそのうち気がつく筈だ。正義感や下らない馴れ合いで生きていける世界ではないことに。


……新しい歯車を補充しなくてはならない。あの赤ジャージの少女はどうだろうか。普通科の少女だが、身体能力は剣を嗜んでいる有象無象の生徒よりは上だ。二十名あまりの班に普通科が一人紛れ込むぐらいなら、迷宮科と普通科の二人きりの班とは違って問題にもならないだろう。


仲間想いの彼女が、迷宮に染まっていく様をまじまじと眺めてみたい。


だが彼女はまず確実に、シラーとは噛み合わない歯車だ。間にもう一つ噛ませる必要がある。


例えば、一緒にいた猫毛の少女とか。


「シラー!」


藪を掻き分け、「歯車」が現れた。杖をつき、息も絶え絶えな様子の同輩は、赤く滲んだ目でシラーを睨んでいる。ぎらついた目を見返し、班長は微笑んだ。


「フリーデル。安静にしなくて良いのかい」

「お前に、言いたいことがあって来た」


手の甲に血管が浮き出るほど強く、フリーデルは杖の柄を握りしめる。


「俺は班を抜ける。採集組でこき使われるのはうんざりだ」

「……へえ」


ほぼ想定通りの台詞を聞いて、シラーは口元を手で覆い隠す。


「それは、残念だ」


シラーの一言に、フリーデルは訝しげな顔をする。しかしすぐに眉尻を吊り上げ懐から布切れを取り出し、シラーの足下に放り投げた。


第六班の腕章だ。


シラーは腕章を一瞥し、ため息をつく。


「新しい班の目処は立っているのかい?」

「うるさい!」


フリーデルが吠える。佩いていた直剣を抜き、ふらつきながら構えた。シラーは微動だにせず、一連の動きを見つめている。


「気に食わないんだ、お前の薄っぺらい言葉が。情もないのに見目だけ良い言葉がな!」


技術も何もない、乱雑な横薙ぎをフリーデルは繰り出す。シラーは僅かに退いて剣筋から逸れ、フリーデルの軸足を軽く払った。


フリーデルが膝をつく。地に伏した剣先を長靴で踏み、班長は元班員を見下ろした。


「怪我人がこんなのを振り回すのは良くないな」


柄を握ったフリーデルの手を蹴り上げる。剣を遠くに放り出され、フリーデルは潰れた声を漏らした。


「……ありがとう。お陰で手間が省けたよ。僕が言う前に、君から班を抜けてくれるなんてね」


元班員は目を見開く。なんて顔をするのだろう。自分が退班させられるなんて万に一つも思ってなかったようだ。


シラーは班を去る同輩に、激励の言葉をかける。


「精々一人で頑張ってくれ、フリーデル。幸運を祈るよ」


おとなしく、班の一部として働いていれば良いものを。暴走して機関から飛び出した歯車が何処に転がっていくのか、先は見えている。


呆然としている元班員を後目に、シラーはその場を立ち去った。


さて。


「聖女」はどんな行動を起こすのだろうか。






去り行くシラーを追おうとして、フリーデルは立ち上がり……再び崩折れた。


怒りの言葉を叫ぶ事も出来ずに、地を殴る。

最初からフリーデルは、シラーの駒だったのだ。あんな奴の元で、ただただ時間を無為に過ごした。それが悔しくて、フリーデルは唇を噛み締めた。


精々一人で頑張ってくれ、フリーデル。


その言葉が幾度となく耳の内で反響する。


いや、一人ではない。


マイカがいる。


フリーデルを認めてくれた。肯定してくれた。励ましてくれた。彼女ならきっと、必ず、側にいてくれるはずだ。


杖を頼りに立ち上がり、迷宮科棟へと向かう。彼女にシラーの正体を告げ、班を離れるよう諭すのだ。彼女もまたシラーの駒だ。彼女を搾取され打ち捨てられる憂き目に合わせるわけにはいかない。彼女を守らなければならない。彼女を助けなければならない。彼女はか弱く可憐で、誰かの支え無しでは生きていけないのだ。誰が彼女の悩みを聞くのか。誰が彼女の願いを聞くのか。彼女はフリーデルを必要としているはずだ。彼女は、彼女は、彼女は。


「フリーデル」


誰かが、フリーデルの肩を掴んだ。虚ろな顔で振り向くと、採集組の同輩が立っていた。


離せよ。マイカの所に行かなきゃならないんだ。


そう告げる間も無く、フリーデルの視界は強い衝撃で振り乱れた。


同輩に殴られ、フリーデルは地に伏す。鉄の味が口内に広がった。


「な、なにする……」

「見損なったぞフリーデル。まさか、マイカを道連れにしようとするなんてな」


同輩は冷ややかなにフリーデルを見下ろす。突然の出来事に、フリーデルは身動き一つ取ることが出来ない。


「みちづ、れ?」

「マイカを無理矢理班から引き抜こうとしたんだろ。随分としつこく迫ったようだが」

「ま、待ってくれ。俺はそんな事……一度も……」

「シラを切るつもりか」


既視感のあるやり取りを交わし、同輩は佩いていた剣を抜き放つ。鋭い軌跡を描き、切っ先はフリーデルの眼前でぴたりと止まった。


フリーデルよりも数段、冴えた動きだった。


いつの間に、上回ったのか。


フリーデルの中で、何かが音も無く崩れ落ちた。


「二度と、マイカの前に現れるな。これは警告だ」


同輩は静かにそう告げて、剣を下げる。


惨めな追放者は頭を垂れた。


もはや、声を上げる自尊心すらも残っていなかった。






義憤と狂暴な欲求を満たし、少年は爽快な気分で教室に向かう。元から気に入らない同輩だった。少し剣に心得があるというだけで、採集組の代表のような顔をしていた男に一矢を報いた気がして、少年はにやついた。


斜陽の射し込む教室で、窓辺に佇む少女の姿を見つける。


赤く照らされた横顔が幻想的で、少年は見惚れてしまう。


「マイカ」


弾む声で名を呼ぶと、少女は振り向く。肩口から、蜜のような金髪が一房流れ落ちた。


「先輩」

「随分と怖い目にあったようだけど、もう心配ないよ!」


握り拳を作り、片方の掌に叩きつける。その様子を見て、少女は眉尻を下げ、どこか哀しげな微笑みを浮かべた。


「ありがとうございます。こんな事、先輩にしか相談出来なくて」


その言葉に、少年の身は打ち震えた。


「フリーデル先輩を誤解させてしまったのは、謝らないといけませんけど……」

「いいっていいって。あいつが勝手に舞い上がっただけなんだからさ」


少年は明るく笑い、同輩を蔑める。


そして少し頬を染め、呟いた。


「またなんかあったら……いつでも相談してくれよ。俺、力になるから」


少年の精一杯の一言を聞いて、少女は微笑む。


慈しみに溢れ、愛らしく、それでいて艶然とした……「聖女」の微笑みだった。

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