得たもの様々
異種族の女が口を挟む。赤毛に褐色の肌、獣の耳と後肢を持つ「セリアンスロープ」と呼ばれる種族だ。往来の多い駅ではそう珍しくもない、異種族の冒険者はリシア達とは違う形の銅色の瞳で薄暗い通路の奥を睨めつけた。
「もしかしたら、奥で倒れてるかもしれない」
「ガキの救護かあ。まあ端金にはなるな」
「親にふっかけるか、学苑にせびれたらいいんだがな」
不謹慎な言葉を交わしながら、冒険者の内三人が通路の奥へと消えていく。後に残ったのは先程のセリアンスロープと…リシアも見たことが無い異種族が一人。
「探してこないのか?ライサンダー」
「いえ、ここにあります」
外套のフードから伸びる鞭のような触角に、黒光りする外骨格。リシア達ドレイクは勿論、セリアンスロープやハルピュイアといった他のどの種族とも似つかない…むしろ其処で倒れ伏している蟲に近い姿の彼は、女生徒二人へ歩み寄る。
反射的に、リシアはアキラの背後に身を隠した。
「…すみません。失礼します」
巨躯の怪人は、その厳しい大顎から驚く程流暢な公用語を発した。まるで感情の感じられない複眼が二人を見つめる。
「フェアリーだ…」
誰かが呟く。
その「誰か」が自分である事に気付き、リシアは両手で口を塞いだ。
「二度目だな」
「二度目ですね」
特に感慨なさげに、二人の異種族は頷きあう。
フェアリー…妖精という可憐な種族名の大男は、少し中腰になってアキラが握る鉈を指差した。
「それは私の武器です」
「あ…すみません。勝手に使ってしまって」
「いえ、構いませんよ」
頭を下げつつアキラはフェアリーに鉈を差し出した。フェアリーは鉈を受け取り、外套の下に納める。
「蟲に刺したまま退却したので、心配だったんです。回収してくれてありがとうございます」
フェアリーの、外見からは想像できない気さくな受け答えにリシアは面食らう。
「蟲に持ち逃げされたり、誰かにネコババされる前に見つかって良かったな」
「はい。本当に」
「しかし、君らもそんな装備でよく手負いのケラを倒せたな。その棒は…」
「孔球のクラブです」
セリアンスロープが目を細め、アキラのクラブを注視する。何故かリシアは我が事のように恥ずかしくなった。
「ちょっと手伝ってくれ、ケイン!」
通路の奥から、先程の本職冒険者の一人と思わしき声が響く。セリアンスロープの耳がぴくりと動き、視線をクラブから逸らした。
「どうした!」
「お前確か、痛み消せただろ?それやってあげてくれ」
「わかった」
獣の後肢で地を蹴り、セリアンスロープは暗がりへ消えていく。先程の三人組の内の誰かが怪我でも負ったのだろうか。リシアは手にした前肢や横たわった蟲の顎を見つめる。引っ掻かれたにしろ噛み付かれたにしろ、大怪我は免れないだろう。
「それは戦利品ですか」
断ち切った蟲の前肢を、フェアリーの籠手のような手が指し示す。
「え?そ、そうだけど」
「…少し待ってください。もっと良いところがあります」
フェアリーは外套の下から薄刃の小刀を取り出す。蟲の透かし細工のような翅の根元に小刀を差し込み、ぐるりと一周する。
「一番高く売れるところです。止めを刺した方に貰う権利があります」
ずるりと引き抜いた翅と筋繊維が差し出された。飴色の薄翅と垂れ下がる筋肉を見てリシアは少し後退り、アキラは好奇で目を輝かせながら歩み寄る。
「綺麗」
「ど、どこが」
手を出せないでいるリシアに代わり、アキラが翅を受け取った。恭しく頭を下げ、アキラは礼を言う。
「ありがとうございます」
「決まりですから」
フェアリーは小刀の体液を払い、外套の下にしまった。
「怪我は無いように見えますが、地上へは出られますか」
「だ、大丈夫」
「そうですか。では気をつけて」
フェアリーの会釈に釣られ、リシアも頭をおずおずと下げる。アキラもまた見事な角度の礼をする。
二人が顔を上げると、既にフェアリーは通路の暗闇に消えていた。
「…親切なヒトだったね。高く売れる素材も教えてくれて」
「その事なんだけど、これホントに売れるの?使い道が全くわからないんだけど」
そもそも、「止めを刺した者が一番高価な部位を貰える」という決まり自体初耳だったリシアである。学苑内でそのような話は聞いたことがないから、恐らくは本職冒険者達の間のローカルルールなのだろう。そのまま捨て置くのも失礼なので、取り敢えず素材袋に翅を仕舞う。
「ほら、しっかり気を持てよ。今から地上に戻るかんな」
髭面の男が、ボロ布に包まれた太めの女子を背負って二人の側を駆け抜ける。一瞬見えた女子の目は虚ろで、布からは肉塊としか形容できない右足の成れの果てがはみ出ていた。
ひやり、と脚が冷える。その瞬間、リシアはいつの間にか地面にへたり込んでいた事に気がついた。
「大丈夫?」
「うん…」
「上、戻ろうか」
そう声をかけ、アキラはリシアの前でしゃがむ。
「え、何」
「背負うよ」
「い、いいよ!歩けるから」
なんだか情けなくなって、リシアは虚勢をはる。勢いよく立ち上がり、アキラを置いて地上口に向かう。気難しい同行者の後をアキラは小走りで追いかける。
「リシア、あのね」
「…」
「ありがとう。連れてきてくれて。良かったら、また付いてきてもいいかな」
リシアは立ち止まる。
「あれ見て、まだ此処に来ようと思うの」
「うん」
リシアの言葉に、迷宮科でも何でもない、赤ジャージの少女は強く頷いた。その姿を見てリシアは二の句が継げなくなる。
迷宮科の一生徒として、リシアにもある程度の心得や覚悟はある。それでも、先程の蟲の襲撃や負傷した同輩の姿を思い出すと脚が竦んでしまう。
けれどもこの少女は、今日初めて迷宮に挑んだにも関わらず蟲と戦い、リシアを助け、再び迷宮に潜ろうとしている。そこにはリシア以上の冒険者の適性と覚悟が垣間見える。
共に迷宮に潜る連れ合いが出来たのは非常に心強い。しかしその連れ合いとの力量差を感じ、リシアは微かな悔しさを感じた。
「…私の都合に合わせてもらうことになるけどいい?」
「構わない」
「そ」
「何時でも呼んで」
第三通路を後にして薄暗い階段を上りながら、そんな会話を交わす。
リシアとアキラの初めての迷宮探索は、不測の事態もあったものの無事に終了したのだった。