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撤退(2)

「おい」

「フリーデルの血だよ」

「いや、袖が破けてるぞ」


副班長の指摘に、シラーは身体を見回す。右上腕を覆うシャツが破れ、血が滲んでいた。シラーはその様を見て呑気な笑みを浮かべた。


「ほんとだ。必死だったから気づかなかったのかな」

「薬の手持ちは。フリーデルも処置してやらないと」

「ちょっと待ってくれ……」


腰嚢から軟膏瓶を取り出し、蓋を開ける。薄荷の清涼感溢れる香りが辺りに広がった。


「フリーデル、失礼するよ」


先ほど巻きつけた包帯を解き、シラーは手早く軟膏を塗る。フリーデルの額から汗が吹き出た。見ているリシアの脇腹もじくじくと痛み出してくる。


ホラハッカの軟膏は消毒に用いられるが恐ろしく沁みるのだ。


先程アキラが頰に塗った液体も、薄荷のチンキか何かだったのかもしれない。アキラの方を見ると、頭を深々と下げてライサンダーに薬瓶を差し出していた。


「ありがとうございました」

「応急処置です。エラキスに戻ったら正しい治療を受けてください。布も当てたほうが良いのでは」

「いえ、もう汚れてしまったので」


まるでアキラが大怪我を負ったかのような扱いだ。だが先日のハロとの一件を思い出し、リシアは考え込む。もしかしたら、多種族目線では大怪我に分類されるのかもしれない。


「彼は大丈夫かい?」


アキラ以上の大怪我を負っているフリーデルを不憫に思ったのか、ケインは第六班の二人に話しかける。シラーとデーナは一瞬怪訝な顔をして、しかしすぐに班長の方は爽やかな笑顔を浮かべる。


「脇腹を貫通したみたいで……地上で処置を受けたら、すぐに治るでしょう」

「そうか。やっぱりドレイクは丈夫だなあ。しかし気の毒だ」

「自業自得ですよ」


底冷えのする声音だった。


思わずリシアは息を飲む。シラーを見ると、何事もなかったかのような表情で二の腕の傷口に軟膏を塗りつけていた。


「自身の力量を過信していたのでしょう」


少なくともリシアには、冷静な言葉のように思えた。自惚れは身を傷つける。洞口で見かけた時、フリーデルは一人だった。おそらくは単独で迷宮に潜り、運悪く先史遺物と遭遇してしまったのだろう。


それはとても、浅はかな事のようにリシアは思えた。


勿論、リシアはフリーデルを非難できる立場ではないのだが。


「短慮だ」


静かなシラーの呟きに頷きかけ、


「彼は弱っている。説教は上に戻ってからしてあげてくれ」


ケインの言葉にはっとする。


追い討ちするな、という事だろう。


「物凄い汗だ。辛いだろう」


尋常ではない様子のフリーデルを見下ろし、呪術師は右手を傷口にかざす。


フリーデルが呻く。


「なにする」

「おまじないだよ。痛いの痛いの飛んでけーって、昔されなかったかい?」


にこやかな様子で呪術師は右手を大きく振るう。手負いの男子生徒は怪訝な顔をして、すぐに声を荒げた。


「馬鹿にしてるのか」

「ほら元気になった」


からかうようなケインの言動だが、効果は目に見えて明らかだ。吹き出ていた汗は治り、血色も先程よりも良くなっている。


これも「まやかし」なのだろうか。


「……もしかして、回収屋か何かですか」


シラーが問う。


「請求は学苑を通してくれよ」


続いてデーナがぶっきらぼうに言い捨てる。ケインを耳を傾けて朗らかに笑い飛ばした。


「金は取らないよ。ただ、あまりにも可哀想だったからね」

「あんな差別的な事を言われたのに、ですか」


そこまで言って、シラーは「失礼しました」と付け加えた。


「申し訳ありません、僕も彼とあまり変わりませんね」

「ははは、この話はやめだ、やめ」


置いてけぼりのリシアとアキラは互いに顔を見合わせる。すでに両者は面識があるのだろうか。


「あっ」


唐突にアキラが声を上げる。ジャージの懐を探り、


「これ、浮蓮亭の店主が」


菓子を包んだ紙箱をケインに差し出した。


今渡すのか。


リシアは呆気にとられる。


「お、なんだいなんだい?」

「お菓子です。ライサンダーさんが注文したとか」

「あー……」


セリアンスロープとフェアリー、両者とも同時に頷く。


「献立の試作じゃないかな」

「ありがたいです」


ケインが紙箱を受け取り、高く掲げる。


「どうやって開けるんだこれ」

「上に爪が引っかかってて……」

「あっ、なるほど」


花弁が綻ぶように箱が開き、ケインは中に鎮座していた菓子を一つつまむ。大口を開けて、


「ところでこれは私も食べていいのかな」

「二人分はあると思います」

「じゃあ一つは私のだな。店主とこれを持ってきてくれた二人に感謝を……」


そう言い終わらないうちに、菓子はケインの口の中に消えていった。


「はいライサンダー」

「ありがとうございます」


紙箱を受け取り、ライサンダーは弦を爪弾くような不思議な声を発した。そしてものの一口で菓子を完食する。


それを食い入るように見つめるアキラに気付き、リシアは少し退く。真剣な、無遠慮とさえ思える眼差しだった。


「ちょっと、そんなに……睨まなくても」

「え」


袖を引いて囁くリシアに、アキラは惚けた返事をする。当のライサンダーは菓子に夢中なのか、二人には目もくれない。


「活力が湧いてきます」


しばしの沈黙の後に、フェアリーはそう呟いた。

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