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異変(2)

「水没した通路が多くて、うまく調査出来ていないみたいだ」


以前訪れた時も、腰まで浸かる泥水に行く手を阻まれなかなか探索を進めることが出来なかった。その上、水中からヒドラに奇襲されてしまう始末だ。未だに残っているミミズ腫れを軽く掻く。


「今日は無理して深場まで行かずに、浅い所を通ってどんどん奥へ進もう」

「おう」


自身の野帳を見返しながら副班長は頷く。副班長らしい大雑把な線で地図が記されているのが見えて、シラーは苦笑した。


カランカランと回収人が身につける鐘鈴の音が響く。奥地へと続く通路から、禿頭の回収人がドレイクの男を背負って走ってきた。広間の真ん中で男を下ろし、周りに呼びかける。


「誰か、こいつを知ってる奴はいるか?地図描きらしいが回収札を持っていない」


ぞろぞろと周りに冒険者達が群がる。


故郷から遠く離れた迷宮でいつ命を落とすかわからない冒険者は大抵、自身の名前や身元を記した形見とも言うべきお守りを持っている。……どんな姿になっても、故郷に帰れるように。この冒険者はその回収札も失くしてしまった、哀れなドレイクのようだ。


「いや、知らねーな」

「若造か。気の毒に」


人だかりの後ろから、シラーは犠牲者の顔を覗き込む。泥水に浮いていたのか、青褪めた顔には濡れた髪の毛が張り付いている。回収人はそっと、額に張り付いた髪をよけた。


小指の先ほどの穴が、ぽつりと開いている。

どよめきが起きる。


「なんだあれ」


シラーの隣から覗き込んでいた副班長も、驚きを隠せないようだった。


「貫通してる」


回収人は被害者の頭を起こし、後頭部を確認する。


う、と誰かが小さく声を漏らす。反射的に声が聞こえた方向にシラーは目を向ける。見覚えのある顔が人混みの中にあった。声の主……フリーデルは視線に気付いたのか、シラーを一瞥し、すぐさま人だかりから離れていった。凍りついた横顔に何か言おうとして、シラーはやめる。


「人間技ではないな」

「蟲じゃないのか?蝉とか」

「蝉は水場は好まん」


場を踏んだ熟練の冒険者にも、地図描きを手にかけた犯人の正体はわからないようだった。シラーも頭を悩ませる。動物に仕留められたにしては、食い荒らされた跡がない。まるで殺してすぐに興味を失ってしまったかのようだ。


「先史遺物……」


誰かが呟いた。


その場にいた全員が息を飲む気配がした。


「おいおい。訳が分からない死に方してるからって、何でもかんでも先史遺物の所為にするのはどうかと思うぜ」


回収人が引きつった笑みを浮かべる。


人だかりからセリアンスロープが一人歩み出た。大陸南方、ドラヴィダ様式の衣服を纏ったセリアンスロープは獣のように尖った爪先で、伏せられた犠牲者の瞼をそっと開いた。


「昨日かそこらにしては綺麗だ」


シラーと同じ見解を述べる。


「殺して終わる動物は少ない。服も荒らされてないし、何らかの罠か自律型にやられたんじゃないのか」

「そういえば似たような傷跡を『標本箱』で見たことがある。光で貫かれるんだ」

「ここに『箱』並の遺物があるって言うのか」


どよめきが大きくなる。恐怖と欲望、二つが入り混じった騒ぎだ。


先史遺物は希少だ。そしてこうやって実際に死傷者を出す「生きている」遺物はさらに希少だ。こういった遺物が罠や道具の誤爆だったら、それを解除して持ち帰るだけでしばらくは遊んで暮らせる大金が手に入る。


しかし、自律型の先史遺物はそれらとは訳が違う。


人だかりの中で、突如冒険者の一人が挙手をする。


「この中に、自律型とやりあった『死に損ない』はいるか」


途端に周囲が静まり返る。挙手をした若いドレイクは辺りを見渡し、挑発するように言葉を続ける。


「なんだ、じゃあこれから『死に損ない』になりたいって奴はいないか。エラキス、いやグラナデン初の自律型かもしれないんだぞ」

「やめといたほうがいい」


セリアンスロープが諌める。


「無謀だ。死相が見えてる」

「畜生交じりが尻尾を巻きやがって」


侮蔑の言葉に、セリアンスロープは一瞬眦を上げる。しかしすぐに元の温和そうな顔つきに戻り、大袈裟に肩を竦めた。


「なら、なるべく人手は集めたほうがいいだろうね」

「ふん……で、付いてくるって奴はいないのか」


広間は再び元の喧騒を取り戻し始める。シラーは振り向き、不安げな顔の班員を見渡す。


「どうするよ。罠なんて手に負えない。自律型遺物なんて言わずもがなだ」


副班長の言葉にシラーは頷く。先史遺物の解除、解体には専門的な知識がいる。エラキスにそのような知識を有している者は数人しか存在しない。当然、学苑第六班には居るはずもなかった。シラー自身独学で学んではいるが、実践するには心許ない。


それに、無理な行軍で班員を危険に晒すわけにはいかない。


「あれ、フリーデルじゃないか」


同輩の班員が呟く。その視線の先にシラーは目を向ける。


先ほどの若いドレイク、その周りに死体を取り囲んでいるものとは別の人だかりが出来ている。


その中にフリーデルの後ろ姿があった。ドレイクの演説を熱心に聞いている。その目に妙な光と熱がこもっていることに気付いて、シラーは不穏な気配を感じた。


ドレイクを中心とした一団が動き始める。


「フリーデル!」


鋭くシラーは叫び放った。一瞬、フリーデルは足を止め、しかし一瞥することなく一団と共に通路の奥へと消えていった。


「どうしましょう……」


マイカはおどおどとシラーを上目で見つめる。舌打ちをすんでのところで抑え、同輩に指示を出す。


「ゾーイ、君はみんなを連れて駅に戻ってくれ。今日の探索は中止だ」

「はい」

「僕はフリーデルを連れ戻す。副班長、ついて来てくれ」

「おう」

「班長」


袖を揉みながら、マイカはシラーを呼ぶ。何事か言いたげに逡巡し、意を決したようにシラーの目を見据えた。


「私も行きます。フリーデル先輩のことが、心配ですから」

「いや、君はゾーイや他の班員と一緒に戻ってくれ」


マイカの提案を、シラーは即座に切り捨てる。一瞬、マイカは予想外だとでも言うように目を見開いた。


「大丈夫、すぐに連れ戻すよ」

「でも!私がさっきあんな事言ってしまったから、先輩意固地になって」

「マイカ」


そっと後輩の手を取る。マイカが竦みあがるのが、手を通してよくわかった。大きな瞳にシラーの顔が映っている。冷淡な笑顔だった。


「君が以前いた班とは違う。此処では、僕の指示が絶対なんだ」


班員の誰一人として、同意を示したり頷いたりはしない。わかりきっている事だからだ。


「……さあ、ゾーイ達と帰ってくれ。任せたよ、ゾーイ」

「はい」


手を離す。マイカは小さく頭を下げて、班員達の元へと去っていった。同輩に目配せをして、駅へ向かうよう誘導させる。


「で、こっちはフリーデルだな」


めんどくさそうに副班長は伸びをする。関節が派手に音を鳴らした。


「単独行動なんて馬鹿だなあ」

「まったくだね。死なれでもしたら困るよ。大切な班員なのに」


心の底からの言葉だ。彼は第六班に必要不可欠な、歯車なのだ。


長椅子の砂時計を取る。


砂はとうにすべて、こぼれ落ちていた。

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