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植物採集(2)

一通り、入り口付近の植物は集め終わった。千切れた根っこを掘り出そうと躍起になっているアキラの肩を叩き、奥へと続く通路を指差す。


「次行こう」

「うん」


名残惜しそうに穿った後を埋めて、アキラは立ち上がる。


駅の通路とは違い、緩やかに下っていく小迷宮の通路は歪で自然に出来たものか手掘りのように思える。駅よりも遥か昔から存在していたのかもしれない。


既に波は去ったのか、人影のない通路を二人は進む。


「湖の近くなのに」


壁にへばりついた泥だらけの苔を毟りながら、リシアは呟く。


「よく残ってたね。ものすごく旧い迷宮みたいだし、陥没したりしなかったのかな」

「そうだね。実はしっかりした地質だったりするのかな」


案外、最近掘られたものだったりして。


そう述べた瞬間、アキラはしゃがみ込む。


「どうしたの」

「これは何?スミレみたいで綺麗」


アキラが指差した先には、紫色の花が一輪咲いていた。地上のニオイスミレによく似た形状のそれを、リシアは事もなく同定する。


「アブラスミレかな。葉っぱに虫が付いてるでしょ」

「ほんとだ」


放射状に広がった爪形の葉には、無数の小蝿が貼り付いている。こうやってくっ付いた虫を溶かして養分にするのだ。食虫植物もまた、迷宮では繁栄している種である。


「スミレに似てるけど、全然違う種類なんだって」

「こんなにそっくりなのに?」

「他人の空似」


アキラは根掘りを使ってアブラスミレを掻き取る。リシアはそのすぐ側に生えていたイワマツを目ざとく見つけ、拾い上げた。


「なんだか、少し進んだだけなのに丈の高い植物が無くなったね」

「邪魔だから刈り取られたのもあるんじゃないかな」


イネ科と思わしき株を指差す。鋭利な刃物で切られたらしく、株は水平な断面を見せている。


「でも確かに、暗くて狭いと高く伸びる植物は減るね」

「ホラハッカも這う草だった」


最初に迷宮を訪れた時のことを思い出したのか、アキラは呟く。


「駅の奥地ではタケが群生してるなんて噂も聞いたけど」

「突き抜けないの?」

「もちろん地上に突き出てる。通気孔として利用されてるんだって、確かエラキスからずっと離れた」

「こっち」

「え?」


二の腕を掴まれ、引き寄せられる。また何か植物を見つけたのだろうか。それにしては荒っぽい見せ方だが。


「何か見つけたの?」


うねり蠢く物体が、リシアが立っていた場所に落ちてきた。べしゃりと粘っこい音が響き、思わずリシアは息をのむ。


八本の触手が生えた鎌首をもたげ、ヒドラは辺りを探るように身をくねらせた。アキラの身長ほども長さがある。あまり見かけない大きさだ。


あれが頭上に落ちてきていたら……。


リシアは思わず固唾を呑む。


「……」

「逃げる?」


言葉も出ないリシアとは対照的に、アキラは冷静な様子で指示を仰ぐ。リシアは頷いて、同意の意を示した。


壁に沿うように二人は動き、


「ひっ」


突如、ヒドラは耳障りな威嚇音を立てた。小さく悲鳴をあげてリシアは赤ジャージの裾を握り締め、流石のアキラも驚いたように立ち止まる。


「ヒドラも鳴くんだ」


なんとも呑気にそう呟いた瞬間、ヒドラの触手が伸びる。

即座にアキラは身を庇うように鋤を構えた。

柄に無数の刺胞を備えた触手が絡みつく。


「うわっ」

「は、早く手離して!触手には毒がある!」

「でもこれ借り物……」

「いいから!」


観念したアキラは鋤を投げ捨てる。獲物を捕らえたと勘違いしているのか、ヒドラは鋤に全身を絡みつかせた。頭痛を起こしそうなほど悍ましい光景に眉をひそめつつ、アキラを退がらせ、リシアは腰のウィンドミルを引き抜く。


紅い「炉」の中で蒼い光が明滅し、刀身に血潮のような紋様が浮かび上がる。


鋭く掛け声をあげ、リシアはウィンドミルを振るった。


横薙ぎの軌道を辿るように、焔が踊る。


瞬時にヒドラは紅蓮の焔に包まれた。


「あつっ」


小さく声をあげて後ずさると、石に躓いてリシアは盛大に尻餅をついた。


焔に舐られたヒドラは奇声を上げ、のたうち回っている。アキラは手を伸ばし鋤を焔から引っ張り出した。幸い、柄が少し焦げた程度で済んだようだ。


ヒドラが黒く縮んで行くにつれ、焔も小さくなっていく。遂には燃え滓だけがその場に残った。


「……ふう」


リシアは大きなため息を吐く。こんなに大きな物を燃やしたのは久しぶりだ。


ふと一仕事を終えたウィンドミルを見ると、どこか満足気に「炉」の明滅を繰り返していた。


「あ……大丈夫?触手に触れられてない?」


佇む同行者の安否を確かめる。赤ジャージの背中が小さく震えている。


「リシア、今の凄かった!」


今まで見たことがないほど興奮した様子で、アキラははしゃいだ声を出した。その姿に内心リシアは驚き、面食らう。


「そ、そう?」


緊張と熱さで汗を流しながら、リシアは引きつった笑みを浮かべた。


そっと手が差し伸べられる。その手をしっかりと握り返して、リシアは立ち上がった。

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