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植物採集(1)

地下に広がる迷宮では、地上とは異なる植生が広がっている。地上に聳える高木は当然の事ながら、日照を必要とする花木の類も迷宮では滅多に見られない。代わりに、地下茎で横ばいになってしぶとく増えるシソ科や強靭な性質のイネ科、暗く湿った場所を好む苔、菌類が迷宮の植物相の大半を占めている……と、一般的には認知されている。勿論例外も数多い。


しかし湖の近くに所在する此処では、耐陰性が強く水気を好む植物が多いだろう。ならば、他の迷宮と植生は然程変わらないはずだ。


アキラの袖口を引き、リシアは奥へと進む人混みから抜け出た。


洞口に入ってすぐの広々とした空間は高さも十分あり、風通しも良い。地面も湖の近くだというのにそこまで水気が多いわけでは無いようだ。その隅で、リシアはアキラに植物採取に用いる胴乱代わりの麻袋を渡す。


「これに植物を入れてね」

「ありがと。根っこまで取ったほうがいい?」

「うん」


アキラは家から持参してきたらしい根掘りを麻袋の中に放り入れ、無造作に口を結び止める。本日の長柄武器と思われる鋤も相まって、まるで畑仕事を手伝いに来た学生のようだ。


「念の為、簡単な地図ぐらいは描いとくね」


野帳を開き、洞口付近の大まかな俯瞰図を描く。ほんの数秒硬筆を走らせ、すぐに野帳を仕舞う。今は手抜きだが、後から情報を加筆修正すればそこそこ見れる地図になる。


「じゃあ集めよっか」

「ん」


そう言うが早いか、アキラはその場にしゃがみ込んで根掘りを地面に突き立てた。


しばらく無心で土を掘り、拳大の根茎が特徴的な草体を掲げる。迷宮内でよく見られるサトイモ科の植物だ。耐陰性が強く、湿り気を好む。


「これ何かな」

「ヌマカンムリだと思う……あ、同定まではしなくて大丈夫」


僧侶が身に付ける帽子に良く似た花を咲かせる植物だ。その奇異な花から観賞用として、また薬用植物としても採集依頼が出される事がある。


アキラは軽く土を払い、麻袋に草を放り込んだ。


「目に付いたのは片っ端から入れてってね」

「わかった」


再び土を掘り始める同行者を見て、リシアも周りを見渡す。これでも迷宮科の生徒である。彼女に遅れを取るわけにはいかない。


「リシア、これは?」


ヌマカンムリに良く似た根茎に、毒々しい縞模様の草体、掌状の三枚葉。


「ニガバショウ。こういう芋が付いてる植物は、かぶれるかもしれないから気をつけて」

「ありがと。これは?」


暗い迷宮内では良く目立つ淡い緑色のふっくらとした葉に、這うように広る草体。


「マンネングサ。珍しい、こんな湿ったところでも育つんだ。入口付近だけかも」

「これは?」


剣のようにすらりと細く伸びた、硬く光沢のある葉。


「オカホガマかな。あ、その近く!」


淡い紫色に染まった半透明の草体に、黄色い蕊。


「これユウレイランって言って、イネ科の植物の側にしか咲かないんだ。すごく綺麗でしょ。でも栽培が難しくて、半年も持たないの。オカホガマみたいに穂が特徴的な草と一緒に仕立てたら面白いのに」

「リシア、植物好きなんだね」


その一言で我に返る。


「すごく詳しいから」

「……そ、そう?」


血だ。麦藁帽子を被った父の姿が脳裏をよぎる。


「じゃ、これは」

「それは……もう、だから同定はしなくていいんだってば」

「ごめんね」


口ではそう言いつつも、アキラもまた植物に興味があるようで先ほどリシアが告げた植物の名を暗唱しながら麻袋を覗く。


すでに何種類か集まっているアキラの麻袋を見て、リシアは自分の胴乱が未だ空な事に気付いた。


憮然として、手を動かし始める。


僅かな光を反射して銀灰色に浮かび上がる苔類を剥ぎ取り、薄紙に包む。


「あ、苔は紙に包んでね。渡しとく」

「わかった。ありがとう」


缶に収めていた薄紙を半分ほど取り、アキラに渡す。アキラは薄紙を恭しく受け取り、無雑作にジャージのポケットに突っ込んだ。


「あんまり光が差さなくても、植物は育つんだね」

「迷宮内で育つのは限られた植物だけ。イネみたいに湿気に強くて強靭な植物や、陰生植物、寄生植物が殆どなの」


リシアは採取したヌマカンムリとユウレイランを手に取る。


「ヌマカンムリやニガバショウは日陰でも育つし、芋があるから栄養も溜め込める。増えるのも簡単。オカホガマも地下茎でどんどん範囲を広げていく。これらは、自分自身の強靭な生命力で増えていく植物だね。対して、」


今にも脆く崩れ落ちそうなユウレイランを掲げる。


「ユウレイランは他の植物から栄養を拝借して育つ。寄生するの」

「へえ。迷宮で生きていくためにそんな事が出来るようになったんだ」

「そ。なんかずるいけどね」


清楚な顔をして、意外に強かな植物である。そんな植物は嫌いではない。


その生態に既視感を覚えつつ、リシアは儚い硝子細工のような花を胴乱に収めた。

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