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離反

久しぶりにフリーデルは籠手を身につけた。普段の採集課題では無用な、敵の攻撃から手先を守る為の武骨な籠手だ。感触を確かめ、愛剣の柄をそっと掴む。これでも毎日鍛錬を積んでいる。採集ばかりの生活とはいえ、腕は鈍っていないはずだ。


シラーほどではないが、フリーデルも迷宮科では上位に入る剣の使い手だ。長剣の扱いには自信がある。ただその自信は、シラーに手も足も出なかった入学当初の模擬試合以来いつ霧散してもおかしくないほど不確かなものになってしまっていた。しょうがない、相手が悪いと、周りはフリーデルを慰めた。かつてのフリーデルも半ば諦めるように自分にそう言い聞かせてきた。


だが今になって、その自信を取り戻したいと思うようになった。マイカに出会ってからだ。忘れていた向上心が再び芽生えたのは。


更衣室の姿見に己の姿を映す。ここしばらく防具を身につける事が無かったためか若干防具に着られているような感じもするが、じきに慣れるだろう。上体をひねり、防具と体を馴染ませる。


「フリーデル、今日班長からは何も言われてないだろ?」


汗を拭いながら友人が更衣室に入ってきた。剣技の自主練習でもしていたのか、手のマメが潰れて血が滲んでいる。そんな友人の開口一番の発言に、内心フリーデルは落胆する。友人までもが課題は班長から賜るものであると思い込んでいるようだ。


「ああ、課題をこなそうと思って。ほら、新しく見つかった小迷宮。あそこの地図を描くんだ」

「おい、そういうのは探索組の仕事だろ。それに誰と行くんだよ。俺用事があるから付き合えないぞ」

「マイカと行く」


そう言い切ったフリーデルの顔を、友人は訝しむようにまじまじと見つめる。


「……お前、マイカとそんなに仲が良いのか?」

「同じ班員なんだ、課題に一緒に行くくらいは普通だろ」


謙遜のようなものだ。友人やシラーとは違い、フリーデルはマイカに頼られている。幾度も「先輩にしか話せない」と相談を受けているのだ。


「まあそうだけど、随分となんか……」


それきり、友人は釈然としない面持ちで黙り込む。歯切れの悪い言葉にフリーデルは内心苛つき、乱暴に自身の荷物を掴み取って更衣室を出る。


「また明日」


背中を追う友人の声に返事もせず、フリーデルは廊下を迷宮科の一年生の教室に向かって進もうとした。向かう先に、並んでこちらに向かってくる二人の人影を認め、立ち止まる。


マイカとシラーだった。


「フリーデル先輩」


いち早くフリーデルに気付いたマイカが愛想良く微笑む。その隣のシラーも片手を上げ、朗らかに挨拶をした。


「フリーデル。これから稽古かな、良い装備だ」

「にこにこ笑って思っても無いこと言うのはやめろよ。そっちは二人でどこに行くんだ」


フリーデルの毒に、シラーは目を丸くして驚いた表情を作る。しかしすぐに困ったような笑みを浮かべ、右手で頭を掻いた。


「とんでもない、もちろん本心だ……これから探索組の面子で湖の小迷宮を再調査しに行くんだ。この間は準備不足であまり探索出来なかったからね。ヒドラが多いから、医療の心得があるマイカも一緒に行かないかと誘っていたんだ」


先を越された。


そう思い至った瞬間、フリーデルは喚き散らしそうになり、すんでの所で思い留まる。このままマイカを連れていかれるわけにはいかない。どうにか言葉を絞り出した。


「……俺もこれから、湖の小迷宮に行こうと思っているんだ」

「まだキノコの採集が……いや、すまない。課題を進めるのも大切だね。ところで誰と行くんだ」

「マイカ、一緒に行こう」


フリーデルはマイカを真摯に見つめる。一瞬、聖女は硬直して、すぐに二人の男子生徒に交互に顔を向けた。どこか怯えた様子のマイカを見てシラーは苦笑する。


「マイカが決めてくれ」


マイカは逡巡し、俯いた。暫しの沈黙の後で小さな小さな声で、


「……探索班に着いて行きます」


そう答えた。


「そうか、わかった」


見苦しく後追いはしない。それでも、フリーデルは悔しさで唇を噛み締めた。マイカのような立場の弱い人間に判断を任せたところで、シラーが側にいれば彼女はシラーの望む答えを返さざるを得ない。結局彼の思惑通りなのだ。


「他の班員を当たってみてくれ。確か、シルトが教室で暇そうにしていたから声をかけてみたらどうかな……承知していると思うけど一人で迷宮入りはしないでくれよ。校則違反は班にも迷惑がかかる」


念を押す注意の言葉も、今のフリーデルには追い討ちと侮辱にしか思えない。無言で二人の間を通り抜ける。


……確かに、一人で迷宮に潜るのは校則違反だ。しかしそれはバレなければいい話だ。独立するためにも、個人の得点は出来るだけ稼いでおきたい。


何より素直にシラーの言う事を聞く気になれなかった。

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