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頼み

学校帰りの生徒でごった返す「制服通り」を歩いていると、見覚えのある巨躯が目に入った。老舗が並ぶ一画で生徒達の好奇の目に晒されながら逡巡している様子のフェアリーを見つけ、アキラははたと足を止める。


しばらく観察をする。フェアリーはとある菓子店の硝子窓を覗き込み、考え込むような素振りを見せた。菓子店から出て来た老婦人が怯えたように身を引くと、申し訳なさそうに頭を下げる。老婦人が去ると再び考え込む。随分と長い間、そのような行動を繰り返しているようだった。


意を決して、アキラはフェアリーに声をかける。


「あの。ライサンダーさん、ですよね」


鞭のような触角がひくりと揺れ、複眼がアキラを捉えた。異形と言っても差し支えない姿だ。しかしアキラは臆する事なく、真っ直ぐに複眼を見つめ返す。


「はい、そうですが……ああ」


少し訝しげにフェアリーはアキラを注視し、すぐに顔と名前を思い出したのか気を許したように触角を下げた。


「アキラさん、でしたか」

「はい、こんにちは」

「こんにちは。これから浮蓮亭にでも行くのですか」

「はい。そこでリシアと待ち合わせをしていて……」


一通り挨拶を交わして、ちらりとアキラは菓子店を見る。


「お買い物ですか?」

「はい。何でも有名な菓子店だとか」


噂は聞いた事がある。重たい生地の焼き菓子に穴を開け、そこに果汁や食紅で色を付けた凝乳を絞り入れた色鮮やかな菓子が人気の商品のはずだ。


「是非とも食べたいと思って買いに来たのですが……」


気まずそうにフェアリーも菓子店を見つめる。硝子窓の向こうでは女学生や若いドレイクの主婦がひしめき合っている。異種族はおろかドレイクの男性客も見当たらない。


「入り辛いと」

「そういう訳です」


確かに屈強なフェアリーの冒険者が入店するには、勇気が必要だろう。


どこか哀しげなフェアリーを見て、即座にアキラは提案する。


「私が買いに行きましょうか」

「え……」


フェアリーは暫し沈黙する。そして、深々と頭を下げた。


「その、頼んでも良いですか」

「構いませんよ」

「ありがとうございます」


革帯に取り付けた小物入れから、赤紙幣を一枚取り出す。フェアリーはそれをアキラに差し出した。


「足りますか」

「そんなに高いお菓子ではないので、大丈夫だと思います」

「それではこれで……アキラさんのお勧めを二つ、お願いします」


注文をしっかりと覚え、紙幣を受け取りアキラは入店する。


同じような形状の菓子がずらりと並べられた棚を眺める。どうやら、詰められた凝乳の味や色に種類があるようだ。一通り目を通して、良く売れているのか残り少ない薄紅色の凝乳が覗くものと、雪のような粉砂糖で化粧されたものを注文した。朗らかに微笑む店員に紙幣を手渡す。


「すみません。これとこれを」

「はい、かしこまりました。贈答用にお包みしますか?」

「いえ、簡単にお願いします」


薄紙で簡素に包まれた菓子と陶貨を受け取り、店から脱出する。隠れるように店の横の路地に佇んでいたフェアリーを見つけ、走り寄る。


「お菓子とお釣りです」

「ありがとうございます、アキラさん」


フェアリーは大きな手で菓子を一つと陶貨を受け取った。もう一つの菓子も掲げると、フェアリーは空いた手で軽く制した。


「もう一つは差し上げます。お礼です」

「え?……ありがとう、ございます」


思いがけないフェアリーの言葉に、アキラは動揺しながらも礼を言う。フェアリーの方はと言うと早々に包み紙を外し、粉砂糖のかかった菓子を見つめていた。


「綺麗ですね」


大顎が開き、ものの一口で菓子は消えた。絡繰のように複雑に動く顎を、アキラはしげしげと見つめる。


しばらくしてフェアリーは満足げに呼気を漏らした。


「美味でした」

「甘いもの、お好きなんですね。とても嬉しそうに食べますから」

「好物です。迷宮に行く前は必ず食べるようにしてます」


英気を養うためだろうか。巨躯の異種族の思いも寄らぬ好物を、アキラはしっかりと覚える。


「……他にも美味しいお菓子のお店が沢山あるんです、この辺り。今度教えましょうか」


口をついて出て来た言葉に、アキラは自分自身のことながら驚く。表情が読めないフェアリーの顔を見つめ、返答を待つ。


余計な世話だっただろうか。そんな思いが過った頃、


「是非ともお願いします」


触角をほんの少し上下させながら、フェアリーは返答した。心底嬉しそうな声音に、アキラは内心驚き……明らかな喜色を浮かべた。


「それじゃあ、浮蓮亭で会った時にでも」

「ありがとうございます」


礼をして、フェアリーはエラキス駅の方を指差す。


「それでは私は、依頼があるので」

「はい」

「また会った時は、よろしくお願いしますね」


駅へ向かうフェアリーの後ろ姿を見送る。繊細な模様の翅が見えなくなるまでアキラはフェアリーを見つめ、ふと我に返って手中の菓子を見つめた。


また会った時。何故かその言葉だけが、ぐるぐると頭の中を巡っている。いつになるのだろうか。明日か、明後日か。


待ち遠しいのだと気付いて、アキラは一人で照れた。照れ隠しに菓子を頬張る。


薄紅色の凝乳は、甘酸っぱい木の実の風味がした。

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