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商談まがい

 商会の主は些か困ったような表情を作った。商談、あるいは外交のための表情だと察する。嫌味がないのだ。


「娘がご迷惑をおかけしました。実は、私めの方からもお話しようと思っていたのです」


 手指を絡めるように組み、商人は僅かに砕けた姿勢を取る。


「手紙に目を通さなかったのは、父である私の監督不行き届きです」

「アルミナ嬢に非はありません」


 女公爵は僅かに目を伏せる。此方もまた、外交用の表情だ。


「私の調整不足です。アルミナ嬢の思いを知っていたのに、姪との……平穏な場を設けることが出来なかった」


 そう言いつつ、悩む。実際のところ、女公爵自身にアルミナとリシアを会わせる気があったのだろうか。


 アルミナがリシアに何かしらの「影響」を与えてくれるとは思っていた。ただそれは、歌姫への情熱を再度燃え上がらせるような影響ではない。ただの令嬢としての道を見つめ直すだけの、些細な影響を想定していた。


 だがそれは浅はかな考えだった。


 リシアを公爵邸に招いた日、リシアは今までに無いほどに胸中を吐露してくれた。


 手を差し伸べるのが遅すぎたのだと、リシアは言った。


 平生の女公爵なら、そんな言葉を「たしなめた」のだろう。だがその日は、言葉が出なかった。


 目を逸らしていたのは確かだったからだ。


 そして自身の発する言葉はもう届かないであろうと言うことも、察していたのだ。


「彼女がエラキスへ来たのは家業のためだけではない。確かにそれは事実です」


 商会の主は告げる。


「ですが、事が上手くいく可能性は低いとも、あらかじめ伝えてあります。確かにアルミナが歌姫として成長することは、親である私としても嬉しい。ただ、リシア嬢が現在は一線を退いているという事実については考えなさいと……そう伝えもしました」


 商人は父親の顔を見せ、ため息をつく。


「私が言えることでもありませんが、まだ幼かった」


 商会の主が言いたいことはよくわかった。此方にも負い目があり「取引」もある以上、女公爵が言えることは何も無い。商人は更に続ける。


「リシア嬢のために我々ができることはなんでも致します。そして歌姫のことについては、此方からは言及しません。無論、アルミナにも伝えます」

「……いたみいります」


 その言葉が聞き出せたことに、女公爵は安堵する。これ以上姪を傷つけるわけにはいかない。医者の紹介は出来ずとも、薬の融通ぐらいは可能になるだろう。


 あまりにも私的な考えに、女公爵自身内心呆れ返る。あれほどの出来事があっても、血の情は微かに、確かに、残っている。


「アルミナも、反省しているようです。間違えたと何度も言っておりました」

「あまり気に病まないようにと、お伝えください」


 商人を宥めるように告げる。

 アルミナもまた子どもだ。彼女にも配慮しなければならない。


 彼女から届いた手紙には、確かにリシアへの憧れがあった。だからこそ縁を繋ごうとしたのだろう。「理想のリシア」に戻そうとしたのだろう。


 違和感が生じる。


 同じような「挙動」をしていた者に、心当たりがあるような気がした。


「それと、これは閣下にお話ししていいことか悩みますが」


 商人は声を潜める。


「娘を手伝ってくれていた方がもう一人、いらっしゃるようです……いえ、手伝いというよりは、唆したと言うべきでしょうか」


 心当たりは。


 そう告げられ、返す。


「心当たりはあります」

「そうでしたか」

「ただ、私の想像通りの者であれば、まだ学生です」


 扇を固く握り込む。心当たりを問われた際に、幾らか脳内で計らいが巡った。女公爵が再度リシアに接触するきっかけとなった少女。エラキスの暗部とも言うべき家に生まれた子ども。


 彼女もまた、守られなければならない。姪やアルミナと同じ庇護に加えて、より外交的に。


「私に任せてもらえればと」

「……もしや、貴石の一つであるとか」


 沈黙を返す。どう受け取ったのか、商人は一つ頷き体制を直した。いつの間にか前のめっていたようだ。女公爵も自身の居住まいを確認する。然程乱れてはいない。


 元貴石だからこそ、弱みを握られるわけにはいかない。確かに流れている「血」をジオードがどう扱うのか、想像するのも恐ろしい。既に貴石のうちの一つ、アルマンディンの血は渡っているというのに。


「禍根が残らぬよう、始末はつけさせます」


 女公爵の言葉の後も、商人は扇越しの目を見据える。鋭い瞳が一転して、柔和な元の目つきに戻る。


「お相手も子どもですからね」

「アルミナ嬢に接触できるのは、同じ学苑の生徒ぐらいでしょう。その可能性は高いかと」


 茶杯を掲げる。


 マイカ・グロッシュラー。


 彼女とも、改めて場を設けなくてはならないのだろう。


 他でもない女公爵自身、彼女の言葉に心を動かされてしまったのだから。

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