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女公爵の悔い

 馬車の窓からエラキスを眺める。生まれ育ったこの国の首都は、近隣の国と比べても小さく、鄙びた雰囲気すら有る。そう思うのは、女公爵が多少は宗主国などの「外の世界」を知っているからなのだろう。様々な会合で女公爵は外を知り、エラキスを知った。自身が生まれた「貴石」の家と、その家すらも取るに足らないとされる広すぎる世界を知った。それでもこの国に殉じることが女公爵の、「貴石」の定めだ。


 だから、だろうか。リシアのために何かをしようとしたことそれ自体が、間違いだったのかもしれない。


 見舞いの品と共に携えてきた「紹介状」を握り込む。スフェーン家のリシアが声を失ったのは、女公爵にも原因がある。というより、女公爵の行為が最後の引き金になってしまった。ただ彼女を傷つけてしまった。


 伯母と呼ばれる血縁関係ではあるが、スフェーン家と……否、リシアと女公爵が関わることは殆どなかった。関係性も築けてないのに、ただ自身の独りよがりな思いのままの行動が、良い方に転がるわけがない。至極当然で最悪の結末だ。


 罰が下ったのだ。


 彼女を蔑むのはやめてください。


 先程、スフェーン卿はそう言った。その瞬間、女公爵は自身の失言と浅ましさに気付いた。確かに自身はリシアの母を貶めようとしていた。悪いのは全て彼女なのだという文脈で、スフェーン卿とリシアを救おうとした。無論それは、弁護もできないくらい愚かな発想だ。


 目を伏せる。自身の握り込んだ手に、馬車による揺れとは別の細かな震えが生じる。


 リシアの母は、女公爵の妹にあたる。もっとも彼女と顔を合わせ、妹であると知ったのは、学苑の中等部に入学したころだった。


 よくある話だ。嫌になるほどに。


 それでも、彼女とどう接するかは幼い女公爵を大いに悩ませた。公爵家の妹として接するには、彼女は「貴石」のことを何も知らなかった。それはある意味幸福なことなのだろうと、普通の姉であることを諦めるのは早かった。


 それでも、厭っていたわけではなかった。


 彼女がスフェーン卿に嫁いだときも、祝福した。


 だからこそ、裏切りが許せなかった。

 無知な上に愚かだったのかとさえ思った。


 そんな胸中をスフェーン卿は以前から知っていたのだろう。女公爵が心の底では、己の妻を見下していることを。


 だが今日、スフェーン卿が見せた怒りはあくまで「リシア」のための怒りだった。娘の尊厳を守るための怒りだった。


 それすらも全て事後にしか気づけない自身の愚かさに、溜息も出ない。


 馬車の揺れが収まる。


 従者の開けた扉から、無言のまま降りる。役所の豪奢だが色褪せた姿を見上げ、足を踏み入れる。

 役所の広間に現れた女公爵の元に、衛兵が駆け寄る。見慣れた衛兵長でない。彼は今頃歌姫候補の警護の任に就いているのだろう。


 リシアの一件以来、歌姫候補から手紙がよく届く。内容に目を通し、いくらか返信もしたが彼女は納得していないのだろう。手紙に記された言葉の端には、女公爵を責めるような意思が滲んでいた。


 責められるだけのことをしたのだろう。


 だからこそ、赴かなければならない。


「此方へ」


 衛兵が頭を下げ、女公爵を誘導する。


 「この国の未来のため」などという名目で行われる会合にも、この頃は身が入らない。国のため、民のため。そう思って生きるべき「貴石」なのに。


 頭の中は、姪達への後悔で錆びつくばかりだ。


 通された部屋には幾人かの貴族と、この頃よく見かける商人の姿があった。


 エメリー商会の主その人が、エラキスの貴族以上に仕立ての良い衣服を纏い、腰掛けている。周りの貴族も彼のことを気にかけているようだ。無理もない。資産だけなら、エメリー商会はこの国の殆どの貴族を凌駕している。


 血筋だけで商人を相手どれると考えている貴族も、この頃は考えを改めているようだ。


 他でもない王が、商会を「対等な取引先」と見ているのだから。


 扇子を広げ、口元を隠す。


 「女公爵」としての化粧が、この頃は崩れていく一方だ。


 それを隠し、扇子越しに商会の主の名を呼ぶ。


「エラキスのために尽力なさっているとお聞きしました。感謝いたします」


 微笑み一つ見せず告げる女公爵に、商会の主は動じず微笑む。流石の胆力だと感心しつつ、切り出す。


「本題の前に一つ。アルミナ・エメリー嬢についてお聞きしても」

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