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住宅街へと続く坂道を駆ける。長距離走は得意だ。それでも、足は重く息は切れる。
悩み抜いて幼馴染の店で買った菓子を、抱え直す。マイカの助言通りの選択になってしまったが致し方ない。それに、あの言葉はきっと嘘ではなかったはずだからだ。
リシアと同じように、マイカも不器用なところがある。今日の会話でそう察した。不器用で意固地で、だからここまで拗れてしまった。
きっとマイカは、今のリシアを認めることができないのだろう。それはマイカの勝手だ。自由にしたら良いとも思う。
アキラは今のリシアを支える。マイカと話して再確認した。過去のことは知らないけれども、出会ってから迷宮や浮蓮亭で過ごした日々も確かな事実だ。確かな、リシアとの共通の思い出だ。
この関係性を否定することは、マイカにも出来やしない。
スフェーン邸に辿り着く。毎度のことながら、どう声をかけたら良いのか戸惑う。今回も、何かを察したのか老執事が二階の窓から顔を覗かせ、即座に玄関を開けた。
「アキラ様。もしかして今日も」
「はい」
小走りで門を開け、囁く執事と言葉を交わす。執事はアキラの手元を一瞥し、なんとも申し訳なさそうな目をした。
「申し訳ございません。お嬢様は横になっておりまして」
「! そうでしたか……すみません、急に来てしまって」
眠っているところを起こすわけにもいかない。何より、ただ眠くて横になっているわけではないような気がした。
見舞いの品を差し出す。
「つまらないものですが」
恭しく執事は菓子を受け取る。
「ありがとうございます。お嬢様にもお伝え……」
ふと言葉が途切れる。珍しく、ほんの少し逡巡するような表情を見せて、執事は尋ねた。
「実は、お嬢様がアキラ様宛にお手紙を認めておりまして」
目を丸くする。
「暫し、お待ちいただけますか。アキラ様にお渡しするよう託けがありましたので、今まさにお住まいまで届けようかと思っていたところでした」
「そうだったんですね」
頷く。
「ここで待ちます」
そう告げると、執事は一礼し屋敷の内へと去った。すぐに手紙を手に駆けてくる。その姿と速度があまりにも年齢を感じさせず、驚く。この執事もアキラの伯母とは別の意味で歳を取らない人なのだろう。
「こちらです」
質のいい紙と封蝋を見つめる。手紙を受け取り、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして少し考え、告げた。
「私も、返事は手紙にします」
アキラの返答を聞いて、執事は微笑む。
「お嬢様と共に、お待ちしております」
微笑み返す。執事は少しだけ驚いたように目を見張った。
執事と二言三言挨拶を交わし、坂を駆け降りる。日が沈む前に家にたどり着いた。
食事をとるのも忘れて、手紙の封を開く。
斜陽を頼りに読む。
見舞いの礼。声のこと。迷宮科のこと。アキラの近況を案じていること。
中身をよく読み込む前に、字が綺麗なことに驚く。やっぱり貴族の令嬢なのだ。
もう一度目を通す。
もう一度。
何度目かの最後の一文を読み終える。
私がいない間は、迷宮に行かないで。
「わかってるよ」
一言呟く。脳裏には様々な出来事が過った。迷宮での日々、シラーの言葉、マイカの囁き。
でも、行き着くところは同じだ。
返事を書こうとする。棚を探り、ひっくり返し、漁る。
便箋がない。
考えてみたら、この間伯母宛に使った便箋が最後の一枚だったような気がする。時計を見て近所の小物店がまだ開いていることを確認する。今から出たら間に合う。
途端、腹の虫が喚いた。
ついでに夕食も外で食べよう。勿論、向かう先は一つだ。リシアからの手紙を便箋に納め、卓の上に置く。
リシアはまだ、諦めてはいない。
それがわかっただけで十分だった。




