限度(1)
情報を渡した後、シラー達と別れる。
昼食休憩はまだ半ばだ。今から食堂に向かえば、不人気の定食ぐらいは残っているだろう。食堂棟に続く道を足早に進む。途中、普通科の女生徒一行とすれ違った。
「アルミナ様、大丈夫かしら」
そんな会話が耳に入る。リシアと連動して彼女も学苑を休んでいるのだろう。ご令嬢というのはかくも軟弱なのかと、鉄仮面の裏で思う。リシアが居ないのならそれで良い、候補者が一人減っただけだとは考えないのだろうか。マイカもアルミナも、リシアに執着している。下手したらシラーも、アキラという目的はあれど彼女に執心していたと言えるのかもしれない。
不気味な存在だ。絡み合った縁の結び目に、限りなく近い存在。彼女が居なくなった途端、事態は思わぬ方向に転がり出している。
あるいは、それまでが膠着していただけなのかもしれない。前向きに考えることにする。
食堂に辿り着く。既に繁忙期は過ぎ、生徒の姿もまばらだった。適当な食事で腹を膨らませる間、周囲の物音や会話に耳を澄ませる。どこもかしこも、普通科に転入して来た令嬢の話題で持ちきりだった。本人が休みであるのをいいことに、耳に入れるのも憚られる内容もちらほらと聞こえる。
迷宮科に入っても政治からは逃れられない。むしろ、普通科の子女よりもそういったものに敏感でないと、此処では生き残ることができない。取り残されたら最後、五体不満足か迷宮で野垂れ死ぬかだ。もちろん両方共御免被りたい。
そこでゾーイは、シラーに賭けた。彼につけば、少なくとも卒業までは生き延びられると踏んだからだ。もっとも今は雲行きが怪しい。シラーに能力があるのは確かだが、おかしな振る舞いをする異分子が多すぎる。
皿を空にする。
卓の向かいに、誰かが腰掛けた。
「お席、空いてますよね?」
鈴を転がすような声は、今現在最も聴きたくなかった声だ。視線を上げると、眩いばかりの笑顔が降る。
「今お昼ということは、シラー先輩達と何かご相談でもしていたのでしょうか?」
ゾーイの返事も待たずに、マイカは畳み掛ける。おそらく「拒絶」というものに縁がないのだろう。あるいはそれを感じ取る神経が致命的に傷ついているかだ。
腕を組む。
「今後の方針についてだ」
一つ、今のうちに告げておいた方が良いと思ったことを口にする。
「今後はスペサルティン卿との取引を控える。今、それどころではないだろうから」
予想通り、マイカは大袈裟に目を見開く。
「そんな。これからという時に」
「何が『これから』なんだ」
尋ねる。
「勿論、班活動です。スペサルティン卿が後ろ盾になってくれたら百人力だと班長も……」
表情を変えずにマイカは答える。だが言い終わる前に、マイカは何処かを見つめ、視線を逸らした。
ゾーイも振り向く。
赤いジャージの後ろ姿が、王妹と共に食堂を去るところだった。
その姿を見て何故か腹立たしくなる。リシアに全幅の信頼を置かれ、またシラーに執心されている彼女は、普通科の生徒だ。迷宮に潜ることを強いられていたわけではない。結局、ただのひと時の道楽だったのだ。リシアが居なくなり、彼女は日常に戻る。なんの危険も無い平穏な日常に。
向かいに座るマイカに視線を向ける。
ぞっとするほど感情の抜け落ちた瞳が、ただただ普通科の女生徒を映していた。
一つ瞬きをして、聖女の瞳はいつもの輝きを取り戻す。
「……後ろ盾が必要なのは、変わらないでしょう?」
マイカは首を傾げる。それは、その通りだ。だが今この状況で無理にことを進めるのは危険だ。
第六班全体が火の粉を被る。
それを理解しているのだろうか。
「こっそり、進めましょうか」
続く言葉に思わず言葉を荒げる。
「勝手なことはやめてくれないか」
マイカの目が見開かれる。いつもの態とらしさは微塵も感じられない、心底驚いたような様子だった。
それもそのはずだ。食堂に響き渡るほどの声量だったからだ。
「君の行動が第六班の足を引っ張っている。それが、理解出来ないのか」
大人気ない、と思いつつ言い放つ。聖女は硬直し、ゾーイを見つめている。
「私は」
「君の気持ちの問題ではない。行動の問題だ」
返答を先に潰す。
そうやって友人も擦り減らしたのだろう。そう告げようとして、耐えた。これ以上の攻撃は身を滅ぼす。
マイカは涙をこぼすことなく、口を噤んでいる。その様子が珍しく思えた。




