除名案
這々の体でゾーイは教室に戻る。涼しい顔で席にかけるシラーを一瞥し、ため息をつく。
ゾーイがそういう性分だと知った上で、黙って教室に戻ったのだろう。班長はそういう人間だ。
おかげでつまらない話は聞けたし、肝も冷えた。
聞いた話をまとめながら講義を受ける。錯綜した相関図の中で、例の後輩だけが浮いている。
空回りをしている、というのがゾーイの考えだ。
つまり、彼女は何も成し遂げられていない。状況を悪い方へと転がしているだけだ。これを意図的に仕向けているのなら天才的だが、そうではないのだろう。単に数手先のことを考えられないだけだ。シラーを利用出来そうだからシラーに近付く。公爵を丸めこめられそうだから公爵に近付く。アルミナを焚き付けられそうだからアルミナに近付く。ただそれだけだ。上手くいくはずもない。
数学講師の挙動を確認しながら、目を覆う。
第六班から離れてもらうほかあるまい。これに関しては、シラーも同意見だろう。
マイカが班の足を引っ張っている。彼女を排除しなければ、遠征の許可は降りない。
先程の講師の言葉も伝えなければならない。思わぬ難題に頭が痛む。もっとも、シラー自身はそういった忠告は素直に受け止める人間ではあるのだが。
昼休みの集会の時に言おう。そう決めて、真面目に講義を受ける方向に切り替える。小難しい数式が脳を滑って行く。
暫しの辛抱の後、何度目かの鐘が鳴り響いた。席を立ち、班長の方を向く。折りよく、彼もまた席を立ち此方に向かってくるところだった。
「朝はすまない」
好青年としか形容しようがない表情を作りながら、シラーは謝罪の言葉を告げる。
「面白い話は、聞けたかな」
「はい」
肩をすくめながら答える。
「副班長も交えて、話を聞こう。とりあえず……裏庭にでも」
シラーの言葉に従い、連れ立って校舎裏へと向かう。途中、廊下にいたデーナにも声をかけて共する。
静かな校舎裏で、周りに人の目がないことを確認した後シラーはため息をついた。
「うん。本当にごめん」
改めて、班長は謝罪する。
「あんなところに放り込んでしまって」
「なんだ。修羅場でも見たのか?」
「そんなところです」
ゾーイの言葉にから笑いを返し、シラーは手を差し出す。
「想像はつくけど、マイカの目的はリシアを歌姫に返り咲かせること……で間違いはないかな」
「概ね」
「それはリシアが頑張ることであって、マイカがどうこう出来ることじゃないと思うけどな」
副班長の言葉はもっともだ。それがわからないほど、マイカも愚かではないだろうと思う。何か思惑があるのではないか、と考える一方で、彼女の言動の端々に病的なほどの「同一化」が見られたことも気になる。
マイカは自身の行動をリシアが望んでいると信じて疑っていない。リシア自身に何度も、否定されているのにも関わらず。
それこそ講師の言葉通り、友人を自身を飾り立てる道具としか思っていないから、現在の状況を変えようと空回り続けているのだろう。
ふと、思考が冷める。
どうでも良いことだ。
「友情だね」
シラーは嗤う。班長は班長で、こういった話は大好物なはずだ。勿論碌でもない意味で。
「講師はどうすると」
「具体的なマイカへの処分は言ってなかった。すぐに処分を下す訳ではないだろう、と思う。少なくともマイカに時間を割くよりも、リシアの援助を重視しているのは確かだ」
「あの人は、そういう人だ」
シラーの隣でデーナも頷く。
その実、学苑に居られなくなった生徒を率先して援助しているのは学苑の経営陣ではなく、アンナベルグ講師だ。路頭に迷いかねない彼等の身の振り方について、学苑以上に講師は取り組み、ある程度成果を出している。元々迷宮科の生徒も貴族の子女なのだから、商業や事務員になる分には能力的な問題は無いはずだ。本人や家族の意向はともかくとして。
「それと」
今一番班長に伝えなければならない伝言を、切り出す。
シラーの碧眼が此方を訝しげに見つめた。胃が痛む。
「今の状態では、第六班を長期遠征に送り出すことは出来ない……と」
碧眼が細まる。
「今の状態というと」
「マイカを野放しにしていること、じゃないか」
「うーん」
異議のように唸ったのは副班長だった。
「思うに、班長の諸々がバレてるんじゃないか。採集組のこととか、お貴族様との口裏合わせとか」
ゾーイなら湾曲して伝えるものを、デーナははっきりと告げてしまう。一方の班長も困り顔で副班長の言葉を受け入れる。
「諸々ねえ」
小首を傾げ、班長は答える。
「まあ、いつかは言わなきゃいけないことだ。心構えは出来ているとも」
そうして、目に冷たいものを宿らせる。
「その前に、ゾーイが言っていた『状態』をどうにかしよう」
つまり、心が決まったということだ。
「マイカを、除名する」
正直なところ、遅すぎるくらいだ。マイカを引き込んで随分と時が経つのに、シラーの計画は進んでいない。途中普通科の少女に揺れたりもしたが、その寄り道もマイカが引き寄せた縁だ。
これで軌道修正はかなう。
「早いほうがいい。今の騒動なら公爵閣下に目をつけられずに、どさくさに紛れて離れられます」
「惜しい縁だけど、そうするしかないね。少し学苑生活が忙しかった、とでも言い訳をしておこうか」
シラーは嗤う。
「スペサルティン卿もそれどころではないだろうし」
その隣で、デーナが腕を組み呟く。
「火の粉が降りかかりそうだし、逃げるってのは賛成だ」
ふと口元を尖らせる。
「渦中のリシアはどうしてるんだか」
偶々耳にした「声」のことについて告げるか、逡巡する。
シラーはともかく、後輩二人に何かと肩入れをしているデーナは衝撃を受けるだろう。
平生の無表情を保ったまま、ゾーイは口を閉ざした。




