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書見台の緊迫

 微かに朝日の差し込む書見台に、剣術の指南書を置く。常に周囲に目を光らせている司書の、唯一の死角にあたる本棚の裏で、シラーは時計を確認した。


 遅い。珍しい事だ。


 言い訳用の本を用意したにも関わらず、待ち合わせをしている当人が遅刻とは。ため息を吐き、切り上げる時間を決める。あと三分だけ待とう。


 ここ数日の学苑と紅榴宮で起きた事件のあらましについては知っている。だが、直接話を聞くことが難しい「当事者」の話は当然、知る由もない。そこを知り、またシラーに情報を流してくれそうな人間は二人しかいない。確実なのはそのうちの一人。もう一人は、信頼に値しない。


 扉が軋み、開く。


 一瞬情報提供者が来たかと思ったが、続く足音を聞いて待ち人ではない事を察する。足音が軽すぎる。


 足音は誰かを探すように本棚の間を彷徨き、シラーの背後で止まった。


「先輩」


 鈴を転がすような声が、静かな館内に響く。


 「信頼に値しない」提供者の出現に、内心苦笑する。


「おはよう、マイカ」

「おはようございます」


 振り向いたシラーに、聖女は微笑み一礼する。彼女が現れるのは大抵、状況を引っ掻き回す時だ。覚悟しつつ尋ねる。


「どうかした?」

「アンナベルグ先生を探していて」


 そう答えつつ聖女は背後の机が並ぶ空間を見つめる。


「よく、朝は図書館に居ると聞いたのですが」

「確かに。僕もよく会うよ」


 そう言う時は密談が出来ない。すごすごと帰って行くのだ。


 講師は、意外に生徒の動向に目を光らせている。いつシラーの「悪行」に指摘が入るのか、その実不安ではあるのだ。もっとも、大義名分という名の言い訳は用意しているのだが。


 それよりも、聖女は講師と何を話す気だったのか。確認のため尋ねる。


「アンナベルグ講師に、何か相談事でも」

「はい」

「……リシアのこと、とか?」


 鎌をかける。


 見事に的中したようで、不用心に聖女は驚きを告げた。


「そうなんです。昨日のことを、少しお話ししようと思って」

「昨日のこと?」

「リシアが、学校を休んだ件についてです」


 そうしてマイカは声を潜めた。鈴を転がすようなよく響く声では、会話を隠し通すのは難しいにも関わらず。


「スペサルティン邸に招かれた後、何やら体を害したとか」


 妙な熱が目と声に籠っていた。珍しい、と思う。聖女が感情を昂らせるきっかけは大抵「悲しみ」、他人に攻撃された時の防衛だ。だが今、聖女の目に宿る熱は「悲しみ」ではなく「怒り」に程近い。


「私……心配なんです。リシアとスペサルティン卿の関係は、先輩もご存知でしょう?」


 聖女は囁く。


「何か酷い事を、されたのではないかと」

「マイカ。滅多な事を言うんじゃない」


 こればかりは本心から、そう告げる。


 この頃妙な挙動ばかりを見せていた彼女がどう暗躍したのかはわからないが、「貴石」を相手取るには能力が低い。


 こちらに飛び火が来ても困る。


「仮に何かあったとしても、それは二人……二家の問題だ。僕達が口を出す事ではないよ」

「あんなに、リシアを第六班に入れようとしていたのに、そんなことを言うんですか」


 またもや珍しく、マイカは感情的な返答をした。いつもはもう少し、被害者ぶった素振りを見せる。今の言動はいつもの庇護欲を掻き立てるようなそれではない。


 何がしたい。


 それを見破るために、告げる。


「確かに、リシアに不幸があったのなら悲しむべきことだ。何せ、良い関係を築けると思っていたから」

「なのに、どうしてそんなに冷静でいられるんですか」

「きみのほうこそ落ち着いた方がいい。何故、狼狽える」


 見据える。


「最初にリシアを傷つけ突き放したのは、マイカ。きみじゃないか」

「……それとこれとは」

「きみは、リシアの安否を気にかけるほど彼女と仲良くはない。僕はそう思っていたのだけれど」


 そう明文化され面と向かって告げられたのは、これが初めてなのだろう。聖女は動揺する。


「第六班に来た理由もそうだろう? リシアとうまくいかなかったから」

「違い、ます」

「それなら何故」

「そうでもしないと」


 靴音と杖を突く音が響く。


 微かな気配も感じさせないまま、至近距離から「わざと」発された音に総毛立つ。


「司書から、文句が来ている。私語は控えるように」


 冊子を抱え、杖をついた講師は本棚の間から姿を現した。


 一瞬、凍えるような目つきと表情をマイカは講師に向ける。しかしすぐに、いつもの「聖女」の微笑みをたたえた。


「……おはようございます。アンナベルグ先生」


 私語禁止の言葉を守るためか、講師は返事もなくただ見つめる。


 これ以上、ここにいても目的は果たせない。


 そう判断して会釈をする。剣術の指南書を閉じ、小脇に抱える。


「また後ほど」


 そう小声で告げ、二人の間を通り抜ける。マイカが追いかけてくる気配は無い。これ以上、講師に何か言い訳でもするのだろうか。そんなことをまともに取り合う人間でもないのに。


 申し訳なさそうな表情を作り、司書に頭を下げる。無表情の会釈を受け、扉を開ける。


 ゾーイになんと言おうか。


 昇降口の人だかりを眺めながら、ため息をついた。

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