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不在(2)

 同席者の増えた「会食」を終えて、食堂を後にする。腹五分目といったところか。いつもならおやつを探しに学外に出たりもするが、今日は大人しくアルミナとセレスに着いて行く。他の生徒も何人か引き続き着いてくる。


「アルミナ様の歌を、一度お聞きしたかったのです」

「以前、伯爵夫人主催の会で……」


 そんな言葉にアルミナは笑顔で、しかし言葉少なく返す。こうした会話はアルミナにとっては日常茶飯事なのだと思った。


「ありがとう。一層励むわ」


 そして会話の終わりは、常にその言葉で終わった。向上心というよりも、何かに追われるような焦燥がアルミナの言葉には滲んでいた。


 セレスほど付き合いがあるわけでもないが、それでもアルミナの様子は気がかりだ。口を出すわけにはいかないのだろうけど。


 昇降口から階段に向かう。


 踊り場で、迷宮科の制服の裾が翻った。


 一瞬期待して、制服の少女を見上げる。


「アルミナ様」


 降って来た声が友人のそれではないことに落胆する。踊り場の硝子窓を背にした少女は逆光の下、階段を下りる。他の令嬢達、それこそセレスにも眼をくれることなく、真っ直ぐにアルミナに向かう。


「ご機嫌よう」


 眩いばかりの笑顔で、マイカはアルミナの前で膝を軽く折る。挨拶と共にどこか冷ややかな視線を送りながら、アルミナは口を開いた。


「何か、用件でも」

「実はアルミナ様にご相談があり……」


 マイカは周囲を見渡す。


「今、お時間をいただいても?」


 その言葉を聞いて、周囲の令嬢達は微かに困惑の表情を浮かべる。こう前置くということは「内密」の話だという不文律が、どうやら有るようだ。


「ごめんなさい。今は時間がないわ。放課後にでも」

「リシアのことでも?」


 アルミナだけではない。周囲の生徒全員が顔色を変えた。


 思わず、声をかける。


「あの、マイカ……様」


 彼女の名を発するのは初めてだ。迷いながら、特に関わりのない生徒に対する呼び方を流用する。


 ぽかんとしたような表情で、マイカは丸く大きな瞳をアキラに向けた。


「リシアが、何か」


 続いて出た言葉の声音が驚くほどに低く、アキラは困惑する。無意識の「威嚇」だった。


 マイカは怯えたように肩をすくめる。小動物然とした仕草は、多くの人に「愛らしさ」を感じさせるのだろう。だが今この場にいる誰もが、別の重圧によって「愛らしさ」を感じる余裕を失っているようだった。


「……ごめんなさい。こんな時に声をかけてしまって」


 おどおどとマイカは告げる。


「今日、リシアは休んでいるの。だから……アルミナ様が何かご存知なのかと」


 続く言葉が、アルミナに声をかけた趣旨とは思えなかった。今ここでは話せないことなのだろう。当のアルミナは怪訝な顔をする。


 沈黙があった。


 マイカは踵を返す。


「また、放課後に伺います」


 困ったような微笑みと言葉を残して、アルミナとアキラの間を通り抜ける。


 一瞬だけ、マイカとアキラは目が合った。


 見たことのない目つきだった。おおよそ「聖女」と呼ばれるような彼女には、似つかわしくない目。端的に言えば「敵意」が、その視線には含まれていた。


 驚く。アキラですら、マイカがそのような「目」を向けるとは思いもしなかった。浮世離れした雰囲気を常に纏っている、彼女が。


「行きましょう」


 マイカの姿が迷宮科棟へ消えた頃、アルミナが口を開く。何事もなかったかのように、一行は音楽室へ向かう。示し合わせたような沈黙が、どうにも気まずい。


 音楽室で待っていた講師も、空気に気づいたのかそそくさと練習を始める。端の席にかけて、セレス達と共にアルミナの練習を見守る。


「アルミナ様のお歌を聞けるなんて、贅沢だわ」

「本来なら、ジオードの大晶洞で聞く歌ですものね」


 令嬢が誉めそやす歌声に、張り詰めた何かを感じる。


 ふと、こうしてアキラや令嬢達が同席するのは、アルミナはどう思っているか気になった。勿論、アキラがこの場にいるのはアルミナ自身が誘ってくれたからではあるが、本当は、誰の目にも触れずに歌だけに向き合いたいのではないのか。


 歌うアルミナの横顔を見つめる。


 真剣で、余裕のない表情。


 以前水路のそばで歌を聞いた時、リシアはどんな表情をしていたか。


 鍵盤琴の伴奏が途切れる。それに伴い、アルミナも微かな響きを残して口を閉ざす。


「アルミナ様」


 講師が冷たく言い放つ。


「表情も、審査では見られていますよ」


 一層、アルミナの表情が強張った。しかし次の瞬間には、舞台に立つものにふさわしい華やかで自信に溢れた笑みを浮かべる。


 リシアもかつては、こんな表情を作ることが出来たのだろうか。この場にいない友人のことばかりを思う。


 途中の小節から伴奏が始まる。再びアルミナは歌い出した。


 その歌声と伴奏に紛れて、微かに扉が開く。


 入り口に視線を向けて、見覚えのある顔に目を見開く。衛兵長と呼ばれていた男性だ。相手もまた此方に気付いたのか怪訝な顔つきになる。


 衛兵長はアキラに声をかけることもなく、令嬢達から離れた後方の席に腰掛けた。


 今日は見知った顔によく会う。それも良縁とは言い難い相手ばかりと。

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