比較(1)
伸びやかに歌う。
厳かに歌う。
高らかに歌う。
どんな多種多様な曲も、無数の技術を持って歌うことが出来る。それがアルミナの長所だった。幼い頃に歌の才能を見出されてからずっと、アルミナは「変幻自在の歌姫」として持て囃されてきた。それを「確固とした自己の歌が無い」と揶揄した者も居たけれど、実力で捩じ伏せてきた。変幻自在の歌声にも個性はある。確かなアルミナの歌だ。理解出来ない者はそもそも歌を聞いてすらいないのだろう。聞かせるだけ無駄だとも思っていた。
ある日、遠い親戚の会合で聞いたことのない旧属国の都からやってきた少女と出会った。アルミナを差し置いて歌を披露するためだけに招待された少女は、名をリシアといった。正直なところ、不満は大いにあった。既にアルミナはジオード内である程度の名声を得ていたのだから。遠い親戚のそのまた親戚の紹介と聞いて納得した。身内なら当然贔屓もされるだろう。
でも、彼女の歌を聴いて考えを改めた。
単純に、彼女と天秤にかけられてアルミナが負けただけだったのだ。
アルミナは確かに傲慢だったが、冷静な判断力はあった。幼くとも、リシアの技術と自身の差を測るだけの客観性はあった。
全てリシアが上回っていた。
そして何より、彼女の歌声は万人の心を捕らえて離さなかった。人を魅了する魔性の歌声と言って、差し支えなかった。
自分以外の天才を見るのは初めてだった。リシアの挙動の何もかもが、アルミナの自尊心を砕いていった。リシアがいる限り、建国節の歌姫にはなれないとさえ思った。
実際、アルミナは建国節の歌姫になることは出来ていない。その機会が回ってきたのは、リシアが居なくなってからだ。
ただ一度、歌姫としてジオードの大晶洞で歌を奉じ、表舞台から消え去ってしまった少女。
彼女が居なければ。
彼女が居たからこそ。
鍵盤琴の音色が絶える。
「アルミナ様」
歌の講師が鋭く告げる。
「戦う相手は自分自身のみです」
音が跳ねたわけではない。心の内を見透かされたのだ。おとなしく謝罪する。
克己心こそが向上に繋がる。アルミナの生家であるエメリー家では浸透していた考え方だ。それを揺るがすほどに、リシアの存在は大きい。
再度歌う。今日の課題は讃美歌だ。リシアが最も得意としていた歌。自身の持つ全ての技術を持って、対抗する。講師の指摘や家訓とは相反する考えだ。当然、ジオードが選ぶ歌姫としても。
それでも、彼女に並び立ちたい。
最後まで、講師は歌わせてくれた。しかしその表情からは、到底納得出来ていない胸中が見て取れた。
「昼休みの練習はここまでとしましょう」
まだ時間はあるのに、講師はそう告げた。
「歌う意味を、問い直してください」
膝折礼をする。
忘れたことなどない。ただ、曇ってしまうことがあるだけだ。
「ありがとうございました」
そう告げて、他の学生たちの表情を一瞥する。どこに怒られるような要素があったのだろう。そんな顔をしている。
ただ一人、学生に紛れた衛兵だけはいつもと同じ難しげな表情をしていた。
おそらくこの衛兵は、音楽や歌の素養は無いのだろう。だからこそ忌憚なく意見出来ると思って、同席させている。意見と言っても言葉ではない。表情で十分だ。
この衛兵は、アルミナの歌を「上手い歌」としか思っていない。それも、どこかの誰かと比較して。
その「どこかの誰か」は想像がつく。
「それでは、失礼します」
音楽室を立ち去る。その言葉でアルミナの視線に気付いたのか、衛兵は慌ただしく立ち上がる。
階段の踊り場で、後についてきた衛兵に声をかける。
「スフェーン家の令嬢と比べて、私の歌は」
何の気も無しに問いかけようとして、衛兵がなんとも気まずげな表情を浮かべたのに気付く。
言葉にさせなくても良いか。
そう考え直して、微笑む。
「いいえ、何でもありません。今日もご苦労様です」
あからさまに衛兵は安堵する。いつもお守りをさせているのだし、必要以上に負担をかけさせるのも可哀想だ。
それに先程の問いは、アルミナらしくない。まるで気弱な令嬢のようだ。
気を取り直して階段を降りる。
廊下の端から人影が現れた。
「アルミナ様」
花が綻ぶような笑顔と、歌姫候補にも中々いない可憐な声音。
リシアの幼馴染と称する女生徒が、階下からアルミナを見上げた。




