表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
385/422

いつかの夢

 リシア、かくれんぼしましょう。


 そう友人に誘われて、廊下を歩き回る。招待された先の屋敷なのだから、隠れる場所は限られている。大広間か、先程までいた自身に割り当てられた控え部屋か、同じように呼ばれた客の控え部屋か。


 大広間に向かおうとして足取りが重くなる。振り返してきた緊張が、自然に別の方向へと走らせた。今大広間で誰かに見つかってしまったら、そのまま舞台に立たされてしまうかもしれない。まだ発声練習もしていないのだから、それだけは避けたい。


 それに、大広間の卓の下はすぐに見つかってしまいそうだ。


 扉の並ぶ廊下を行く。リシアの住むスフェーン邸よりもずっと広く、部屋数も多い。


 だから、一つぐらい誰も使わない部屋があるだろうと思ったのだ。


 閉まりきっていない扉を見つける。隙間から真っ暗な部屋を覗き、誰もいない事を確認する。少し怖いけど、ここならマイカも見逃すだろう。そっと扉の隙間から滑り込み、闇に目を慣らす。


 小さな卓に椅子が二脚。リシアが待っていた控室と同じような造りだ。先程までこもっていた部屋は寝台もあったが、ここには無い。純粋に一時的に待機するためだけに誂えられているのだろう。


 辺りを見回す。納戸を見つけて開ける。リシア一人が隠れるには十分な奥行きがあった。念には念を入れて、納戸の中に収まる。


 いつまでも隠れるわけには行かない。マイカが見つけてくれなくても、歌を披露する時間には大広間に戻らなければ。そう勇み、膝を抱える。


 本当は。


 このままいつまでも見つからなければいいと思う気持ちもある。誰かの前で歌うのは怖い。でも、待ってくれている子がいる。歌って欲しいと望む人がいる。そんな人達の期待に応えたい。


 最後に「歌う」と決めたのは、母でも先生でもない。リシア自身のはずだ。


 三分。


 三分だけ、待とう。納戸の扉の隙間から見える卓上の時計を注視する。かちかちと秒針の動く音が心細く響く。


 足音が聞こえた。


 慌てて納戸の扉を閉めた後で、子どもの足音にしては重く響いていることに気づく。


 部屋の扉が開く音がした。


「こちらでお待ちください。お食事やお飲み物もすぐにご用意いたします」

「お気遣いなく。むしろ、良かったのですか?どうも今日は別の予定が……」

「そちらで顔合わせも行いたいとアルマンディン卿はお考えのようです」

「それは、うーむ」

「我々はあのような場に立ち入るべきではありません。特に、今の私は」


 三人、だろうか。部屋の出入り口近くで立ち止まり、何事か話している。火を灯したのか隙間から明かりが漏れた。


 人の気配を残したまま、扉の閉まる音がする。


「弱ったな。代表がこんな状態だというのに」

「アルマンディン卿と話を終えたらお暇いただこう。この顔を見たら嫌とも言えないはずだ」


 部屋に残ったのは二人の男性だろうか。椅子を引く音と、荷を解くような音。どうもこの部屋は、二人に用意された待機場所だったようだ。


 どうしよう。出るに出られない。


 納戸の中で硬直する。


 この部屋は、リシアに用意された部屋からは随分と離れている。マイカやリシアの出番を確認しにきた者がすぐにここに至れるとは思えない。誰かが探しに来るまでここに閉じ込められたままなのだろうか。


 それに、なんだか物々しい雰囲気だ。楽しくお茶をするわけでもないのだろう。


 息を潜める。


「……少し、席を外す。動向が気になる」

「姿は」

「大丈夫だ。見えないようにする」


 微かに足音と扉の開閉音が聞こえた。


 その後、無音。


 自身の呼吸の音だけが聞こえる中、思いつく。


 もしかしたら二人とも、出て行ったのではないか。なんの物音も聞こえないのだから。


 今のうち、と考えて納戸の扉に手を伸ばす。触れる前に扉が開いた。


 大きな人影が立っている。逆光で顔は見えない。


 ただ、微かに血と消毒液の臭いがした。


 叫び声も上げられず人影を見つめる。人影はかがみ込んだ。よく見えないが、おそらくリシアに目線を合わせたのだろう。


「迷い込んだのだろうか」


 低い男性の声だ。答えることも頷くことも出来ず、リシアは固まる。その様を見て男は立ち上がり、扉から離れた。


 灯りが男の顔を照らし出す。


 しかし光源は、男の顔を現しはしてもリシアの記憶に残すことは出来なかった。


 顔の半面を覆う、血の滲んだ包帯。


 それが記憶に残った男の「顔」だった。


「……今から、この屋敷の主人が来る。見つかると、君が咎められてしまうだろう」


 部屋の扉まで歩き開け放す。


「大広間の場所はわかるかな」


 ようやく首を動かすことが出来た。こくこくと頷いて納戸から出る。


 なんと告げるべきだろうか。少し悩んで口に出す。


「ありがとう、ございます」


 返事はなかったが、男は確かに頷く。ぺこりと頭を下げて男の前を通り廊下に出た。


 振り向く。


 一瞬、目が合った。だがその目の色も、甚だしい包帯の汚れに塗りつぶされてしまった。


 再び前を向く。ちょうど給仕が曲がり角から姿を現した。給仕はリシアの姿を見て、即座に来賓だと気付く。声をかけ、大広間へと誘導しようと共に歩み出した。


 隠れんぼは強制終了した。マイカのことを思いながら、諦めて大広間へと向かう。


 扉が閉まる音は、いつまでも聞こえなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ