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異邦人(3)

 腹が満たされると、いくらか気分が穏やかになる。会計を済ませてリシアとアキラは浮蓮亭を出た。


「気をつけて帰るんだぞ」

「またね」


 店主と夜干舎達の挨拶に会釈を返し、扉を閉める。夜が滲む空を見上げて、共に歩き出した。


「お腹いっぱい」


 追加でリシアと同じ点心まで頼んだアキラはそう告げる。おやつ程度と思って済ませたものの、アキラの食事を側で見ていて腹八分目くらいに詰まったような感覚に襲われているリシアは苦笑いを浮かべた。


「私も、結構食べた気分」

「今日も美味しかった。揚げ物は、この辺りの食べ物に近い感じだったね」

「なんでも作れるのね、店主さん」


 もしかしたら、日々修練をしているのかもしれない。冒険者から故郷の味を頼まれたりもするだろうし。


「いろんな国にも行ったみたいだし」

「この間、船に乗ってフカを釣らないと帰れなくなっちゃった話してたよ」

「なにそれ、聞きたかった」


 冒険譚のような又聞きの話をアキラにせがみながら、駅前に出る。


 怒声が響いた。


 立ち止まる。


 駅前で、黒衣の一団と装いにまとまりのない一団とが言い争っている。黒衣の方はともかく、相手は武器も持っていない。冒険者ではないように見えた。むしろ、冒険者と思わしき人々が数名、諌めるように間に入っている。


「どうしたんだろ」


 覗き込むようにふらふらと足を向かわせるアキラの手を掴む。


「ダメ。関わらない方が良さそう」

「う、うん」


 小声で鋭く告げる。アキラは頷きながらも、気にするように視線をそらさない。


 黒衣の集団は、先程まで迷宮に潜っていたのか土で薄汚れている。言い争っている方も服が汚れているが、土ではなく煤の汚れのように見えた。まさか、蒸気機関の技師だろうか。


 アキラにああは言ったものの、リシア自身も気になってしまう。しかし一旦はこらえて、水鳥通りの方へと抜けた。


「とりあえず、明日情報を集めてみるから」


 アキラに告げる。騒ぎの周囲には、学苑の生徒も見えた。少しぐらいは話を聞けるだろう。


「ということは、明日も待ち合わせする?」

「そうだね」


 そこで、現在の迷宮科が置かれている立場を思い出す。苑内で待ち合わせるのは、避けた方が良いかもしれない。


「えっと、明日は……浮蓮亭で待ち合わせはどうかな」

「いいよ」


 アキラは快諾してくれた。ほっとして、ついこぼす。


「ありがとう。なんだか、最近迷宮科の方は大変で」

「苑内で衛兵を見かけるけど、関係ある?」

「うん、多分。そっちもアルミナ様の警護とかで、少し指導が厳しくなってたりしない?」

「厳しい……かな。みんなソワソワしてるけど、いつも通りかも」


 やはり、厳戒態勢を取っているのは迷宮科側だけか。ため息をつく。


「中庭での話。何か、巻き込まれていたりする?」


 突如、アキラが尋ねる。出てきた名前に口ごもり、答えあぐねる。


「あれは、その」


 素直にならなきゃ。


 そう観念して、少しずつ答える。


「アルミナ様が会って、歌を聴きたいと……何故かマイカを通して話が来たの」

「歌を」

「歌はもうやめたって、他にやることがあるからって、お昼休みに会った時に直接言ったんだけどね」


 アキラが一瞬目を見開く。


「会ったの」

「うん。もしかして、セレス様から色々話を聞いてたりする?」

「……うん。セレスの方からも、アルミナ様に話してたよ」

「やっぱり」


 それでも、ああやって話しかけてくるのか。迷宮科がどういうものなのか知らないのだろう。そして、後ろ盾がいない歌姫のことも。


「眼中にないと思っていたけど」


 ぽつりと溢した言葉が存外冷たい響きを持っていて、驚く。


 傍らのアキラが、悲しげな色を目に湛えたのを感じ取って慌てて取り繕う。


「エラキスから引っ越してきて、練習相手とか探してるのかな?」


 建国節で奉じるのは独唱だから、練習相手を探すという話はほとんど聞いたことがないけれど。それでも、アキラは少しほっとしたように目元を和らげた。


 アキラの住む集合住宅の前に辿り着く。大家の住む部屋の扉は少し開いていて、明かりが漏れ出していた。明かりがついているのなら少しは安心できる。ただ、扉は閉めた方が良さそうだ。


「それじゃあ、また明日」


 立ち止まって告げる。アキラもまた立ち止まって、こちらの目を見据えた。


「何かあったら、いつでも来てね。教室でも、此処でも」


 目を丸くする。


 いつもとは、随分と違った別れの言葉だ。何があったのか聞こうにも、その目があまりにも真摯なものだから、尋ね難い。


「ありがとう」


 だから、感謝の言葉を返した。

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