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異邦人(2)

「不気味な奴らだよ」


 微妙な空気を、更に悪い方向に傾けるような発言がハロから飛び出る。


「何考えてるかわかんなくてさ」

「会ったことあるの?」

「何回かね」


 ハルピュイアは杯を煽り、派手に音を立てて卓に置く。


「ずーっとこっちを見ているあの感じが嫌」

「それは種族特性だろう」


 たしなめるようにセリアンスロープが告げる。紋様の書き込まれた指で自身の目を指し示す。


「瞼がないと聞いた」

「複眼なんですか?」


 フェアリーもまた、自身の目を指し示す。


「いや、目自体は私たちと同じらしい」

「透明な鱗が覆っている」


 簾の向こうから店主が説明する。


「昔から、どうやって寝ているのか気になっていたんだ」

「いい機会だ。店に来たら聞いてみてくれ」

「やだよ。あいつらが屯するようになったら、別の店に行くからね」

「勝手なことを言う」


 輪をかけて不機嫌なハロを見て、リシアは首を傾げる。


「……嫌な目にあったの?」

「別に、そういうんじゃないけど」


 問いに声を荒げられ、思わず謝る。


「ごめん」


 その様を見て、ケインが助け舟を出すように口を開いた。


「まあ、そういう確執がある種もあるということだ」

「ハルピュイアとナーガは相性が悪い、というのは本当なんだな」

「エルヴンとドヴェルグのようなものでしょうか」


 種間の嫌悪。根深そうな問題を目の当たりにし、リシアはより一層小さくなる。藪蛇、だったかもしれない。


「そういえば『波間の花』でも、同じ船に乗せるなと言われていた。海が荒れたり、沈むんだと」

「そ、そこまで」

「船乗りの伝承だがな」

「この話、終わりにしない?向こうもハルピュイアを見たら離れてくんだからさ。関わることはないよ」

「そうもいかないだろう。狭い街なんだから」


 パンを一口大にちぎりながらケインがぼやく。


「まあでも、その時は私が対応する。だがハロも常識的な態度であってくれよ」

「わかってるよ」

「ライサンダーを見習え」

「余計な一言」


 眉間に皺を寄せ不満を露わにするハロの隣で、どこか所在なさげにライサンダーは食事を口に運ぶ。確かに、見えている範囲ではアムネリスとはあまり関わらないようにしている。もっとも、彼が不満気だったり語気を荒げている様子など想像もつかないのだが。


「点心。今日は甘味だ」


 簾が巻き上がり、湯気と共に小さな蒸篭が現れる。ライサンダーが受け取り、卓に回してくれた。


「どうぞ」

「ありがとうございます」


 蒸篭を開ける。木の実で飾られた白い蒸しパンが二つ。確かに、甘い香りが漂う。


「卵の餡と、木の実の餡だ」


 店主が説明をする。早速一つ手に取ろうとして、引く。


「あちち」

「アキラはこっち」


 丸い揚げ物が四つと潰した野菜の添え物、半分に割った焼き姫林檎が盛られた大皿が現れる。相当な重量がありそうなそれを、またもやフェアリーは軽々と卓に渡してくれた。


「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」


 フェアリーと簾、双方に頭を下げてアキラは匙を手に取る。


「……皆さんは今、どんな依頼を?」


 点心が少し冷めるまでの間、夜干舎に問う。


「今日は技師の護衛。通路の半ばまでだから、半日もかからなかったけど」


 代表が答える。


「思った通り、護衛の依頼が増えたね」

「え!そうなんですか」

「ああ、この依頼は人伝に教えてもらったんだが、そのうち役所にも掲示されるようになると思うよ。技師は現場を確認したがるものだし」

「おばちゃんと同じだ……」


 代表同士の会話を聞きながら、アキラは呟く。手元で切り分けた揚げ物の中から、肉に包まれた卵が覗いた。


「アキラの伯母様も、また来てくれるかい?」

「この間は弟子が来てたよね」

「今の所は、わからないです」

「そうかぁ。その時はご贔屓に頼むよ」


 抜け目ない代表の振る舞いに、リシアは感心する。見習わなければと、以前も思ったような気がする。


 ふと、前線での忠告を思い出す。


「数学科の依頼というのは、ありましたか」


 何の気もなく尋ねる。代表は少し考え込み、声を潜めた。


「……実は、いくつか既に出回っているみたいだ。役所を通したものではないけどね」


 そして、駅の方向に視線を向ける。


「軌道を経営している会社が窓口らしい」

「えっ、会社が?」

「碩学院と関わりは深いと思っていたが、数学科とはどうも直通のようだ。他学科の依頼もまだ無いのに」

「工学を差し置いて?」


 ハロがちらりとアキラを一瞥する。


「碩学院の仲立ちすら必要ないということかな。確かに、不気味な振る舞いだ」


 学科、あるいは教授間の「政治」なのだろうか。叡智の殿堂たる碩学院でも、そういったものとは縁を切れないのだろう。


 黙々と食事をする友人は、いつも通りの無表情だ。彼女の伯母も、碩学院の中で政治に巻き込まれたりしているのだろうか。


 不意に目が合う。


「気をつけて、だよね」


 アキラの言葉に目を丸くする。


 こちらが考えていることを、読み取ったような物言いだったからだ。


 あまり的中はしていないが。


「うん」


 頷く。


 アキラが、こちらの意を汲もうとしたというだけで、嬉しかったからだ。

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