異邦人(1)
役所を出る。階段の上から麦星通りの往来を眺める。住民と冒険者、衛兵が渾然一体とした中、一際目を引く一団があった。
「冒険者かな」
そうアキラに告げると、彼女も既に一団を見つけていたようで、注視していた。
黒衣の集団。どこか、もう一つの夜干舎代表にも似た黒い覆面に、長い槍。顔の造形もわからないが、衣の隙間から伸びた「尾」が少なくともドレイクではないことを示す。
その「尾」がまた、不思議な質感を持っていた。セリアンスロープのような毛ではなく、皮革で覆われている。少なくとも、遠目にはそう見えた。
「東の服装だね」
数少ない知識からそう告げる。東方の血が流れるアキラもまた頷いた。
「なんていう種族だろう」
「ケインさん達とは、違うよね。なんだか雰囲気が」
装束の造りも、ケインよりはウゴウのそれに近い。しかし、ウゴウの衣服は比較的ゆったりとしているのに対して、こちらの一団の衣服は所々が体に沿うように帯で締められていた。よく見ると手には籠手、脚元も脛当てで覆われている。
戦うための装束だ。
一団は麦星通りの先、駅前広場へと遠ざかっていく。次第に雑踏に飲まれるように消えてしまった。
二人もまた、人混みの中に足を踏み入れる。無論、目指すは異国通りだ。
駅前広場を通り過ぎて、異国通りの路地裏へ向かう。一瞥した駅の近くにあの黒い集団の姿は無かった。
仄かな灯りが透けて点る。浮蓮亭の扉を引き開けると、内部は見知った面子でひしめいていた。
「おお、お疲れ様」
杯を掲げ、ケインが微笑む。同時にハロやライサンダーも目礼を返した。
「こんな遅くまで依頼探し?」
「まだ途中」
ハロの囀りにも、平然と返せるようになってきた。その背後の壁に貼り付けられた依頼を見つめる。見覚えのある似顔絵。確かに、アキラの言う通りだ。
「念の為言っておくけど、その依頼はやめといた方がいいよ」
椅子の背にもたれたままのけぞり、壁を見つめてハロは告げる。
「ぜーったい面倒」
「指名手配、とか?」
「そう。それも素直に指名手配って言えないやつ」
「碩学院の人間なのに……ああ、だからこそか」
「何を持って飛んじゃったのかな」
ハロは居住まいを正し、手元の揚げ物をつまむ。断面からして魚の揚げ物のようだ。
「まあでも、同情の余地があると言うか。道中で遭難したって可能性もありそうだからね」
「遭難?」
「最後に目撃されたのは通路内だと、噂で聞いた」
「耳が早いね」
ケインの情報に、ハロは茶々を入れる。
遭難。つい最近、その慣れ果ての一歩手前を目にしている。ネズミに襲われ息絶える寸前だった彼女は、どうしているのだろうか。
「落盤は、最近聞かないよね。生き埋めって線は無さそう」
「以前の火事で通路そのものを一時塞いだくらいですね。事故といえば」
「そこに取り残されてたらすぐに見つかるからなあ」
冒険者の知見を耳に入れながら、席に着く。
簾の下から出てきた杯を受け取り、アキラは卓に置く。
「今日はどうする」
簾の向こうから店主が声をかける。アキラはいつも通り日替わりを大盛りで、リシアは点心を頼んだ。
「来てもらったところ悪いが、あれから依頼は増えていない。まあ、食べていけ」
「いただきます」
リシアは壁面を眺める。店主の言葉はアキラに向けてだったのだろう。夕飯はここで済ませることもあると聞いた。それを聞いた時、一人暮らしだが毎日寂しく食事をしているわけではないと知って、少し安心したのだ。
「そういえば、店主さん」
水を一口飲んだ後、アキラが告げる。
「今日、知らない種族の方を見かけました。黒い衣服に、毛のない尻尾」
簾の向こうの店主の反応は、当然こちらからは伺えない。それ以上に、傍らの卓にかけるハルピュイアが大きく反応した。
「ナーガだよ、それ」
吐き捨てるように告げる。その声の低さと剣幕に、リシアは目を丸くする。
「ナーガ?」
「ほお、ナーガが来たか。つい先日、見かけないと話したばかりなのに」
店主の言葉にアキラが頷く。そういった話をしていたのか。
ナーガ、という種族名自体はリシアも聞いたことがある。
「南洋に多いと」
「そうだ。だから、大陸を渡ったり迂回してここまで来ることは滅多にない。オークのように商人が多いわけでもないからな」
そこまで言った後、ああ、と何か思い当たったような声が簾の内から響く。
「傭兵は多いな」
穏やかでない単語が出てくる。
「つい最近、あの辺りに統一国家が出来てな。いまだに暴れ足りない奴らが外に出てきてるんだ」
「物騒」
「王朝が出来たのは、今から三十年ほど前でしたよね」
ライサンダーの言葉に、店主の返答はない。
何歳なんだろう。
そう思ったが、フェアリーとは違ってリシアもアキラも口には出さなかった。




