言伝
「スフェーン様」
人で賑わう役所で、名を呼ばれる。掲示板の前で周囲を見渡すリシアの肩を、アキラが突いた。
「リシア。受付の人」
「えっ」
振り向くと、アキラの言葉通り、受付嬢が此方に一礼をした。会釈を返し、アキラと目を合わせたのち受付へ向かう。
「こんにちは」
「こんにちは。あの、いかがしました」
訝しげに問う。
役所へアキラと共に依頼を探しに来たはいいが、受付嬢に呼び止められる……招かれるとは青天の霹靂だ。以前の事件の顛末でも知らせるのかと、身構える。
リシアの心中を知ってか、いつも通りの営業用の笑顔ではなく、少しだけ心配げな表情で受付嬢は告げた。
「言伝を預かっております」
台の上に封筒が現れる。艶やかな封蝋は、見覚えのある紋章だった。
「スペサルティン家の」
無言のまま受付嬢は一礼する。自身の役目はこれまで、と言うような姿に、リシアは告げる。
「……ありがとうございます。確かに、受け取りました」
今読むべきではない。そう思って、懐にしまう。傍らのアキラもどこか深刻そうな目をしている。その顔を見上げて、にこりと笑った。
「もう一度、掲示板確認しよう」
アキラは頷く。何度目かの会釈を受付嬢に返して、再び掲示板前に戻る。
以前とは随分と様変わりした依頼内容に、二人して首を傾げる。
「遠出が増えたね」
「敷設工事って、こんな早く進むんだ」
既に湖の小迷宮付近までは鋼索道が敷設されているという。攻略済みの通路に張り巡らされるのも時間の問題だろう。
「乗ってみたいな、楽そうだし」
以前エラキスを訪れた際に、街中を走る鋼索道を見たことがある。人が外に溢れ、扉の縁を掴みながら何とか乗っている様子に少し恐怖を覚えたものだ。迷宮内でもああだと、危険極まりない。
「やっぱり、危ないかも」
前言撤回。
一方のアキラは目を星空のように輝かせる。
「もっと迷宮が身近になるね」
身近な迷宮。
なんとも胡乱な言葉に二の句をつげなくなる。
「日帰りとかしたい?」
「何泊でも居られるけど、リシアはちゃんと家で寝たい人?」
そうきたか。相変わらず、迷宮が好きなのだと再確認する。それが最大の不安要素でもあるのだが。
目を離してはいけない。手を放してはいけない。かつて冒険者が告げていた言葉を再確認する。
敷設工事の警備依頼に手を伸ばす。一応、と前置いておく。アキラは頷いてくれた。前回の依頼をこなしたからか、自信がついたような気がする。
ついでに、他の依頼も手に取る。
「あ、捜索依頼ここにもある」
アキラが上部の依頼に手を伸ばす。似顔絵と物々しい飾り文字を見て、リシアは警戒を露わにする。
「行方不明者ってこと?」
「うん。浮蓮亭にもあったんだ」
アキラが取った依頼書を覗き込む。眼鏡の青年。少し線が細いように見えるのは、描き手の癖というだけではないだろう。
そのすぐ後に「碩学院数学科職員」の文字を見つけて納得する。
「生死を問わず……」
「何があったんだろうね」
「こういう、懸賞首みたいなのはちょっと怖いよ」
そう告げると、アキラは少し考え込むように依頼書を見つめる。
「特に、数学科だし」
以前、地の底でもらった助言を思い出す。彼がどういう理由で此処に晒されているのかはわからないが、関わらないほうがいいかもしれない。
似顔絵の虚ろな目は、どことなく遠征を率いていた助手に似ていた。
「……伯母様は、数学科の噂とかご存知?」
「どうだろう。あんまり、仕事の話とかしないから」
難しいし、とアキラは呟く。
確かに彼女の専門分野は、学苑の生徒には手に負えないだろう。工学と数学では、取り扱うものも異なるだろうし。
「今度手紙で聞いてみようか?」
「ううん、機会があったら聞いてみる、ぐらいの気持ちだった。ごめんね」
シノブ教授に不信感を与えてしまうかもしれない。ひとまず探し人の依頼書をアキラが仕舞い込むのを見届けた。
「ついでに、浮蓮亭に行く?」
どことなく探し人を気にしているようなアキラの気を紛らわせるべく、尋ねる。
返答は即座に返ってきた。
「行く。依頼増えてるかもしれないし」
アキラの言葉に頷く。リシアも依頼の確認はもちろん、久しぶりに浮蓮亭の食事を食べたい。もしかしたら、夜干舎の皆にも会えるかもしれない。
受付嬢から渡された手紙のことは、一旦は忘れることにした。




