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歌姫候補の願い

 班の集まりからそそくさと抜け出し、マイカは渡り廊下へ向かう。


 廊下を遮るように立つ衛兵が、こちらを見つけて背筋を伸ばす。しかしすぐに怪訝な目で睨め付ける。制服と徽章を見て迷宮科の生徒だと気付いたのだろう。そうでなくとも、この棟にいるのだから迷宮科以外はあり得ないはずなのに。


 素知らぬ顔で渡り廊下へと真っ直ぐに進む。


「失礼」


 立ちはだかる。


「迷宮科の生徒ですよね。普通科には何のご用件で」


 職務熱心な方だと、マイカは驚く。微笑むと、少しばかり衛兵は警戒を解いた。


「あちらに、友人がいるのです。昼食の約束をしていて」


 囁く。


「最近こちらに越してきたばかりで、寂しいようです」


 そう告げると衛兵は目の色を変える。


「し、失礼いたしました」


 道を開けてくれる。会釈をして渡り廊下を悠々と進む。


 「誰」とは言わなかったのに。くすりと微笑み、普通科棟へ踏み入る。


 人の気配が微かに散らばる昼休み。こんなところは普通科も迷宮科も変わらない。


 心地良い鍵盤琴の音色に耳をそばだてる。朝に引き続き、歌姫候補は練習をしているようだ。時間を考えると、そろそろ終わる頃合いだろう。


 誰かが階段を降りてくる。二人分の足音を聞いて、少し迷って階段裏に隠れる。


「それで、話とは何でしょうか」


 聞こえてきた声に驚く。男性の低い声。重い足音は講師達のそれではない。


「今日、ここに来ていた女学生を追い返しましたか?」


 涼やかな声が、どこか問い詰めるように告げる。この声は知っている。歌声の主だ。


「はい。迷宮科の者が来るべき場所では無いので」

「ということは、顔は知っていますね」

「知っているも何も、何かと悪縁がありまして」


 悪縁、という言葉に思わず指を握り込む。リシアが衛兵と関わり、酷い噂を立てられた件にはマイカも思うところがある。その衛兵が、自身の同僚あるいは部下のしでかしたことを全てリシアの責にするような物言いが、胸を締め付ける。


「悪縁?」

「迷宮科の生徒とは、外部でよく会うのです。我々の職務上当然のことですが……何分、素行が悪いものが多く」

「そうですか。では、頼みたいことがあります」


 素行の下りを聞く気など毛頭ないのだろう。歌姫候補は自身に会話の駒を戻す。


「彼女を連れてきてもらえませんか。いつでも構いません。学苑内でも、自宅にでも、構いません」


 二の句が告げなくなった衛兵の様子が、影からも窺える。数拍後、戸惑うような低い声が聞こえた。


「……連れてくる、ですか。しかし」

「顔しか知りませんか。彼女の名前はリシア。スフェーン家のリシアです。覚えておいてください」

「素性は知っています。しかし彼女は迷宮科の生徒で」

「迷宮科だから、何だと言うのですか。素性も在籍もご存知なら、連れてくるのは容易いことでしょう」

「向こうにも都合がある、ということです」


 一見相手を慮るような発言を衛兵はする。その表面に滲む「面倒ごと」を厭う心持ちは、マイカにも察することが出来た。


 しかし歌姫候補は引き下がらない。


「では、その都合を確認して連れてきてください」


 会わない、という選択肢はありません。


 歌姫候補の言葉は、目の前にいるのであろう衛兵に向けられたものではなかった。


 リシアに対しての「布告」だと、マイカは気づく。


 これを使わない手はない。


 物陰から躍り出る。


「あの」


 二者とも、突然の乱入者に動きを止める。明らかな動揺に申し訳なく思いながら、マイカは微笑んだ。


「歌姫候補の、アルミナ様ですよね」


 裾をつまみ、膝を折る。歌姫候補は礼に応じることもなく、代わりに言葉を返した。


「ええ。貴女は」

「私はグロッシュラー家のマイカと申します」


 家名を聞いた途端、歌姫候補は目を細めた。もしかしなくても、王妹殿下からグロッシュラー家について色々と聞き及んでいるのだろう。


 全て真実だ。否定はしない。


 でもそんな話は、今は関係ない。


「スフェーン家のリシアとは、幼馴染なのです。今のお話にリシアの名が出て、居ても立ってもいられなくて」


 続けた言葉に、反応が変わる。同時にどこかで見覚えのある衛兵も顔色を変えた。


「……リシア嬢の幼馴染と会えるとは、光栄です」


 遅れて、アルミナは膝折礼を返す。


「話を聞いていた、ということですが……それならば、率直にお願いしてもよろしいでしょうか」


 やはり、とマイカは胸を高鳴らせる。


「リシア嬢の、歌を聴きたい。機会を作りたいのです」


 万感の思いで頷く。


「私に任せてください。貴女の元にお連れします」


 良かった。


 これから、きっと全てが好転する。


 そう確信するマイカに、所在なさげだった衛兵が何事か告げようとする。


「待て。迷宮科の生徒には会わせるなと学苑側から」

「会わないという選択は、ないのです」


 マイカの代わりにアルミナが告げる。彼女もまた、心から嬉しそうに瞳を輝かせていた。


 やはり、リシアは凄い。

 ヒトをこんなにも、惹きつけている。


 やはり、リシアは間違っている。

 迷宮科になんて、いるべきじゃない。


「今日すぐに、というわけではありませんが……」

「私がここにいる間ならいつでも構いません」


 しおらしいマイカの言葉に歌姫候補は期間を告げる。勿論、長らく待たせる気はない。


「わかりました。楽しみにしていてください」


 そう告げて、聖女のように微笑んだ。

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