天敵
長靴がつかつかと近付く音が響く。
「先程の声。まさか、普通科の生徒と問題でも」
先程相対した歌姫候補と同程度の威圧を持って、衛兵は詰め寄る。周囲を確認しつつ、逃げる機会を伺うためにリシアは観念して向き合った。
「いいえ。問題なんて何も」
「そもそも迷宮科の生徒が何故ここにいる」
「友人がいるからです」
そう告げて、後悔する。アキラを巻き込んでしまうことになりかねない。
衛兵は目を細め、睨め付ける。
「普通科の生徒に、異種族の冒険者。随分と顔が広い」
「ええ。ご存知の通り」
真っ向から視線を合わせる。いつぞやの講師室での出来事を思い返す。今はデマントイド卿もアンナベルグ講師もいないが、他の目も無い。あの時出来なかった分、堂々と胸を張る。
「友人を探しているので、失礼します」
「待て。先程の喧騒についてまだ聞いていない」
「私ではなく、アルミナ様にお聞きしては」
そう告げた瞬間、衛兵は明らかに表情を強張らせた。
「エメリー家のご令嬢と口論をしたのか」
「口論では、ありません」
「……向こうの担当は何をしている」
声掛けもなく、衛兵はリシアに手を伸ばした。
反射的に、その手を払う。
「ここの令嬢にも、そうするのですか」
冷たく言い放つ。衛兵は何事か告げようとして、口を曲げた。曲がりなりにも爵位持ちの家であることを思い出したのか、己の無作法に目を向けたのか。あるいは、役場でのスペサルティン卿とのやり取りを思い出したのか。
講師に皺寄せがいかないようにしたいが、それはそれとして思うところはある。
衛兵の反応をうかがう。
「ここから出ていけ。友人が居ようが、お前達はここに居るべきではない」
押し切るつもりなのだろう。衛兵は断言した。
唇を噛む。
「既にアルミナ様には知られているのに?これ以上、何を隠すのですか」
そう告げて、先程のアルミナとの会話に違和感を覚える。
「アルミナ様は、私が迷宮科にいると知っていました」
ぽつりと溢す。セレスが教えたのだろうか。彼女なら確かに伝えるだろう。もし聞かれたら。
それを踏まえての、先程の反応を思い返す。あの、目。
思いふけるリシアに衛兵は訝しげな目を向ける。
「どうした、急に黙って」
「あなた方は、彼女の学苑生活のためにこのような事を行っているのですか」
尋ねる。
忌々しげに、衛兵は答えた。
「エメリー家の令嬢が居なくとも、こうする」
話にならない。
だがそれ以上に、哀れにも思った。彼らがやっていることに何か意味があるのだろうか。言い訳すら出来ないと言うのに。
「……立ち去れ」
さもなくば、と衛兵は告げる。続く言葉の予測はついた。
「わかりました」
苦々しげにそう言い、一礼をする。何か言い捨ててやろうかとも思ったが、気の利いた言葉は思いつかなかった。
踵を返す。
歌も鍵盤琴の音色も聞こえない。昇降口から一歩足を踏み出す。
「リシア」
前方から名を呼ぶ声が聞こえる。顔を上げて見据えると、紙袋やら缶を抱えた同輩と目があった。
「あれっ、アキラ」
「もしかして探してた?」
紙袋の影から夜色の目が覗く。
なんだ。外にいたんだ。
先程の張り詰めるような空気を思い出し、脱力する。
「お昼……暇かなと思って」
「さっきまで庭球してた。でも今は暇」
小走りでアキラは走り寄る。
「もしかして、次の依頼とか?」
隠しもしない好奇の目が、今はありがたい。素直なことだ。
「まだ依頼は探せてないんだ。良ければ、今日の放課後に役所に行かない?」
「いいよ。そうだ、昨日浮蓮亭に依頼の掲示があったのを見つけたんだ。そっちも確認しない?」
「する!」
それとなく、アキラは中庭へと向かう。その隣に並び立ち、リシアも歩み出した。
「あと、お腹空いてる?」
「まだお昼食べてない。持ってきてはいるんだけど」
「よかった、私もお昼まだなんだ。これが昼食になる」
甘い香りの漂う紙袋を揺らす。おやつどころか昼食とは。栄養が気になるが、早速紙袋から焼き菓子を取り出したアキラの眼差しを見て小言を漏らすのをやめる。
「リシアのご飯は?」
「これ。昨日の残りのお肉と、パン」
「美味しそう」
「これまで食べないでね。前とは違うんだから」
「あの時はありがとう」
「……少し交換なら、いいよ」
そんな会話を交わしながら中庭への道を行く。
あの衛兵は、この様子を見たらなんと思うのだろうか。そんなことが一瞬脳裏をよぎって、すぐに何処かへと消えていった。




