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聖女の願い

 歌声が響く。


 久方ぶりの早朝練習だ。きっと、音楽講師も喜んでいるのだろう。以前の硬質な鍵盤琴の音色を思い返し、聖女は微笑む。感情的な雑音ばかりが響いていたリューの練習とは大違いだ。それに、元気を取り戻してくれたようで何より。リューがいなくなってからというもの、憔悴は目に見えていたからだ。歌姫候補を二人も失ってしまったのだから、当然だろう。


 普通科に編入した令嬢が歌姫候補という噂は真実のようだ。誰もが聞き惚れるような歌声に耳を傾ける。


 本来なら、違う子が歌っていたはずなのに。音楽室の窓を見上げる。人影が朧げに見えるばかりだ。


 彼女は既に、リシアと接触したのだろうか。親友の心中を思うと胸が張り裂けそうになる。残酷だ。リシアは歌姫候補から退いたというのに。リシアの師になるはずだった人の教えを、リシアがいたはずの場所で受けている。それは確かに、彼女の努力の成果なのだけれど。


 薄情だと、思った。


 音楽の講師も、王妹も、リシアの家族も、何もかも。


 リシアは歌を続けるべきだったのに、誰も味方をしなかった。止めようとしなかった。マイカ以外は。


 「歌は辞めたの」と言った時の表情も、剣を携えて迷宮科に来た姿も、今でも忘れられない。こんなところに居てはいけないと、伝えることが出来なかった。早く彼女を立ち返らせるべきだったのに。


 一人にしたのは間違いだった。一人にしてしまえばすぐに迷宮科を出ていくだろうと思ったのに。無力なのだから、諦めると思ったのに。


 勿論賭けだった。下手したら、リシアが一生歌えなくなる可能性だってあったのだから。けれどもリシアは挫けずに、多くの人に支えられて、今も迷宮科にいる。それ自体は素晴らしいことで、やっぱり残酷なことだ。


 リシアの新しい友人の姿を思い返す。普通科の、とても綺麗な女の子。マイカの代わりにリシアを支えてくれている子。守ってくれている子。


 でも、彼女がいるからリシアは迷宮を離れられないのではないかと、時々思うのだ。シラー班長もリシアを通して彼女と縁を繋ごうとしている。仲介役だからこそ、リシアを手放すわけにはいかない。それが殊更に彼女を迷宮科に縛り付けている。


 嫌いではない。素敵な子だ。マイカ自身、もっとアキラのことを知りたいと思っている。リシアが心を許しているのだから、きっと仲良くなれる。


 でも、邪魔だ。


 シラー班長にも同様の感想を抱いている。冷静で常に正しい判断を下す人だけど、リシアを含めた周りの人間のことをただの歯車としか見ていない。第六班を迷宮科一の班、ひいてはエラキス一の冒険者組合にすることが彼の執心している目標だ。そのために自身も他人も犠牲にしてしまう。これもまた病だと、内心マイカは思っている。自傷と露悪。指摘をしても、彼は笑って受け入れるのだろうけど。


 リシアの周りには病巣が多い。一つ一つ癒していかなければ、リシア自身の患部に辿り着くことは出来ない。


 もし、リシアと腹を割って話すことが出来るのなら、その時は「味方になる」と堂々と言いたい。これまで距離を置いてしまった分、傷つけてしまった分。


 そうすればきっと、全て元通りだ。


 歌声が消えた。


 中庭の長椅子から腰を上げる。


 そろそろゾーイが登校する頃だ。待ち伏せるようだが、今後についての話をするにはこうでもしないと捕まらない。他の班員と比べて、かの上級生は他者と深く関わろうとしない。シラー班長やデーナ副班長はまた別のようだが。そしてその割には、他者の情報を多く持っている。リシアの過去についてもよく知っているようだった。


 だから、近づいた。知らない人よりはずっと話がわかるはずだ。


 それでもゾーイは距離を置く。マイカのことが苦手なのだと気付いたのは、最近のことだ。初対面から距離を置かれるのは初めてだから、どう接したらいいのか探っている。だからこそシラー班長の采配には感謝している。時間を作れるからだ。


 今日もスペサルティン卿の話をしなくてはならない。昨日の夜会で何か動きがあったのかも、ゾーイなら収集しているはずだ。早くスペサルティン卿の望みを叶えてあげなければならない。


 そしてそれは、マイカの望みでもあるのだ。


 中庭を出る。正門の彼方に見覚えのある姿を見つけて、軽く会釈をした。

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