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昔話の夜

 商用馬車が往来する駅前に辿り着き、足を止める。普段も賑やかな時間帯だが、今日は殊更人通りが多い。木箱を次々と搬入していく人足の傍らを通り、車体に記された「エメリー軌道社」の文字を見つける。


「危ないよ」


 両手に麻袋を抱えた人足に頭を下げ、その場を離れる。駅の構内に事務所があるのだろうか、荷馬車には机や椅子も積まれていた。


 伯母に手紙でも送ろうか。


 日中の出来事を思い返しつつ、二の足を踏む。


 まずは腹ごしらえだ。


 浮蓮亭に進路を変える。駅から異国通りへ続く人の流れに乗り、紛れ込む。路地に入ろうとして、暗がりから出てきたドレイク達に気づいて軒下に身を寄せる。


「こんばんは」


 アキラの挨拶に目礼が返ってくる。おおよそ冒険者とは思えない身なりの紳士を、思わずアキラは目で追う。


「とにかく、配れるだけ配ろう」

「わかりました」


 紳士の指示で、連れ立っていた男達が散開する。手にしていた書類は、これまでに何度も目にしてきた依頼書と同じ書式だった。組織的な動きと、役所だけではなく集会所にまで依頼書を配り回る様子にどこか違和感を覚える。多くの人目についてほしいということは、急を要するということだ。


 友人の顔が思い浮かぶ。次の依頼として提案してみよう。だがその前に、確認をしなければ。


 金属の把手に手をかけ、開ける。


「いらっしゃい」

「こんばんは」


 他に客はいない。滅多にない静けさの中、調理場を囲む一番奥の席にかけて店主に囁いた。


「何かおすすめを一つ、大盛りで」

「相変わらず悩ませる注文を……川魚はどうだ」

「好きです」

「わかった。待っていてくれ」


 簾が巻き上がり水の杯が出てくる。


「今日は一人か」

「はい」

「長期依頼の後に体調を崩す冒険者は多い。その口か?」

「いえ、ちゃんと学苑には……来てると、思います」


 今日は一度もリシアの顔を見ていない。校舎が離れているから当然、機会を作らなければ会えないのだ。気軽に会いに行きたいのは山々なのだが、何分普通科は歓迎されていない雰囲気があるために足を運びづらい。


 こんなところも理解出来ていなかったのだと改めて思ったのは、最近のことだ。


「……そういえば」


 背後の壁面を向く。まだ折り目もない依頼書が一枚貼り付けられていた。


「さっき、依頼書を持った人たちとすれ違いました。ここにも来ていましたか」

「ああ。その依頼が貼り付けてあるものだ」


 もっとも、と店主は言葉を切る。


「あまり迷宮は関係ない。目を通してみろ」


 席にかけたまま目を細める。「尋ね人」という文字が見えた。


「行方不明者?」

「生死を問わず、とのことだ。冒険者に紛れて逃げ回る輩はどこにでもいるのだな」


 依頼の形を取った手配書か。罪状のような文字列は見えないが、素性の項に「碩学院数学科職員」と記されていた。最前線でのリシアの言葉を思い出しながら、水で喉を潤す。


「依頼を持ってきたわけではないが、軌道関係で役所の人間も来ていたな」


 調理の音に紛れながら店主は言う。


「ご協力お願いします、とのことだ。大商会は根回しも早い」

「ここが学苑指定だから?」

「それも大いにあるだろうな」


 しばらくの沈黙の後、簾が巻き上がる。野菜を炒め合わせたタレをかけた素揚げの魚と付け合わせを盛り付けた大皿が出てきた。その後に白い蒸しパンが四つ。


「今日は蒸しパンだ。おまちどう」

「いただきます」


 少し既視感のある献立だが、それでも構わない。既に漂う異国の香りを嗅ぎつけ、刃で切り開く。油の染みた皮と白身の肉にタレを絡めて一口。


「店主さんの国では、魚はよく食べるんですか」

「ん」


 簾の向こうで店主が答える。


「そうだな。海と川、どちらの魚も食べる。家畜の肉よりも手に入りやすい。こうやって素揚げにしたり、蒸したりすることが多い」

「へえ」

「あと、いわゆる漁師飯というやつで海のものは生で食べることもある」

「刺身ですか」

「ああ。釣れたてを船上で食べるのは格別だった。ナーガの船に乗った時だ」


 珍しく饒舌な店主の話に聞き入る。生まれ故郷か、はたまたエラキスへの旅の道中での思い出か。


「……そういえば、ここではナーガを見かけない。会ったことはあるか」

「種族の名前、ですよね。ナーガを知らなくて」

「そうだったか。鱗を持った奴らで、尻尾が生えている。南海ではドレイクよりも多いくらいだ」

「鱗に尻尾。たぶん、見たことがないです」

「やっぱりそうか。まだ入っていないというのも不思議だが」


 ため息のような呼吸音が一つ、響いた。


「ああ、色々と話してしまってすまない。ゆっくり食べてくれ」

「いえ、とても興味深かったです」


 話していた間にも二個のパンが消えている。付け合わせの酢漬けを齧って、会話を続ける。


「……他にも、異国のこと教えてください。先程の船のお話とか」


 知らないのはリシアだけじゃない。店主も夜干舎も、アキラが知らないことはまだ沢山ある。だからこそ話してくれる時に、彼らが許してくれるところまでは聞いてみたかった。


 腕を乗せたように、卓が微かに軋む。


「そうか。それでは、色々あって借金のかたとしてフカを捕らなければならなくなった時の話でもしようか」


 少し風向きが変わった。長い話の予感に、アキラは水を飲んで備えた。

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