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他方のキノコ狩り

竃の前で這い蹲り、中を覗き込む。手にした灯具で照らしてみると、不気味な子実体が一本ぽつりと立っていた。


フリーデルはそっと手を伸ばし、ハチノスタケを摘む。


「ほら」

「一個だけかよ……」


背後の友人にキノコを渡す。どこか非難がましいように聞こえる連れの言葉を聞いて、フリーデルは声を荒げた。


「なんだよ、文句か?文句ならキノコは火の気があった場所に生えるって情報を持ってきた班長に言ってくれよ」

「ちょっとこぼしただけだろ」


いきり立つフリーデルを見て、連れは眉をひそめる。


二人を仲裁するように、同じ採集組の女生徒が割って入った。


「まーた口論?依頼が上手くいかないぐらいで、二人ともカリカリしないでよ」

「カリカリしてるのはフリーデルのほうだぞ。俺が言うことに難癖つけまくってくる」


採集用の麻袋にキノコを放り込み、友人は隣の竃を覗く。


かれこれ三時間ほど、ハチノスタケを求めて通路の炊事場を渡り歩いている。キノコは火気を好む……フリーデルも大昔に聞いたことがある迷信だ。そんな迷信をシラーは真に受けているようだ。班長でなければ、鼻で笑っていたかもしれない。


キノコが先ほどの一本しか生えていなかったことを確認して、ため息をつきながらフリーデルは立ち上がった。


「フリーデル先輩」


視界の隅から、手巾を差し出される。真っ白い絹のそれを手渡した少女を見て、フリーデルは思わず頰を緩めた。


「お顔に汚れが……」

「いや、大丈夫だよ。手巾を汚してしまう」


何でもないふりをして、服の裾で荒っぽく顔を拭う。その様子を見て、マイカは薄く笑みを浮かべた。楚々とした笑みに、フリーデルの心は掻き乱される。


「しかしここまで探しても、本数が見つからないとは」


フリーデルは大袈裟なため息をついて、マイカや班員に笑みを向けた。


「やっぱり、依頼は破棄した方がいいんじゃないかな」

「ちょっと。今朝シラー班長に怒られたんでしょ?」


同期の女生徒が呆れたような声を上げる。フリーデルは一瞬黙り込み、顔を赤くしてがなり立てる。


「……何だよ。元はと言えば迷宮の状況を把握していなかった班長が悪いんだ。そんな浅はかな奴の肩を持つのか!」


異様な剣幕の同期を見て、女生徒は言葉を飲み後ずさる。普段とどこか違う様子の友人を男子生徒は諌める。


「おい、落ち着け。何熱くなってんだ」

「別に熱くなんてなってない。班長の至らないところを指摘してるだけだ」

「迷宮を把握しきるなんて本職でも無理だろ。それに、依頼の期日まではまだまだ時間もある。破棄は早計じゃねーの」


友人の意見に、フリーデルは憮然とした顔をする。険悪な雰囲気の三人を、唯一の一年生は気の毒なほど怯えた様子で見つめている。


「……俺ら次の炊事場行くから。フリーデル、疲れたんならここで少し休んで行けよ」

「別に疲れてるわけじゃ」

「フリーデル先輩」


前掛けの裾を両手で弄りながら、マイカは上目でフリーデルを見つめる。


「確かに、なんだかお疲れの様子で……迷宮で無理はいけません。少し休憩しましょう」


心配なんです、とマイカは呟いた。そのいじらしい様子にフリーデルは言葉に詰まってしまう。


「……すぐに合流する」

「ん。じゃあ俺らは先に第三通路行ってくる。行こうぜ」

「うん」


薄情な二人は、フリーデルとマイカを置いて先に進んでしまった。竃の側に積まれた薪に腰掛け、苛立つ胸中を落ち着ける。


「……ちょっと話でもしようか、マイカ。休憩中だし」

「はい。談笑は疲れを癒します」


聖女然とした微笑みをマイカは浮かべる。その笑顔を見るだけで、肩が軽くなるような気がした。


「あの、リシアって子。彼女に関して何かあったなら、遠慮なく僕に言ってよ」


昨日、そして昼間に見かけたマイカの元班長の姿を思い出す。低い背丈に猫毛、気の強そうな眉。彼女の「友人」というには少し、不釣り合いな少女だった。


「…はい。ありがとうございます」

「しかし大変だね。元班長に班を抜けた事をしつこく非難されてるなんて」


フリーデルは口元を押さえ、低く笑う。


「彼女が優秀なら、マイカと一緒に勧誘されていただろうに」

「そんな。リシアは努力家で、剣も私より上手で」

「彼女は君とは違う。凡人なんだよ」


吐き捨てるような言葉だった。マイカは申し訳なさそうな顔をして、沈黙する。


「第六班にただの努力家はいらないんだ。何か人より飛び抜けたもの……才能が必要なんだ」


おもむろに顔を上げ、フリーデルはマイカを見つめる。目に異様な光が宿っている。


「その点、君は才能に恵まれている。医術の腕前は確かだし、状況判断も的確だ」

「そんな、私は未熟です」


マイカは頬を染めた。可憐な佇まいにフリーデルは頬を弛緩させる。


無能な元友人を庇い、自身の能力評価に対して謙遜する。何よりも、採集組として不当な扱いを受けているこんな自分を励まし、認めてくれている。とても心優しく、奥ゆかしい女性だ。


フリーデルには目の前の少女が、正に聖女のように見えていた。


「マイカは慎み深いね……あの傲慢な奴にも見習ってほしいよ」


フリーデルは俯く。


「あいつは良いよな。見目も家柄も良いし、剣技の才能もある。同期なのに俺はあいつの使い走りみたいな事をして……」


積もり積もった汚泥のような言葉が、次々と溢れ出る。マイカは胸元で手をもじもじと動かし、何か告げる事もなく黙っている。


「私は、フリーデル先輩も班長に劣らず、優秀だと思っています」


困り眉のまま、マイカは可愛らしく微笑んだ。


「第六班は先輩が支えているんでしょう?班長が心置き無く探索を出来ているのも、先輩達採集組が頑張って依頼をこなしているからです」

「俺はもう、あいつを支えたり搾取されるのはうんざりなんだ!」


炊事場に、フリーデルの怒声が響いた。

少女は身をすくませる。


「ご、ごめん。マイカ」


途端にフリーデルは狼狽して、マイカに向かって頭を下げた。余裕のない姿を見せてしまった。内心フリーデルは恥じる。


「いえ、構いません」


声を震わせながら聖女は笑顔を返す。庇護欲をそそるいじらしい姿だった。


「確かに、フリーデル先輩には能力があります。今だって採集組を実質的に取りまとめているのは先輩ですし」


聖女が不意に、表情を明るくする。


「採集組から何人か引き抜いて、新しく班を作るとか……」


しかしすぐに、沈んだ様子になる。


「ごめんなさい、そんな班を乱すような事……」

「いや、マイカ。それすごくいい考えだ」


フリーデルは立ち上がり、聖女の手をそっと握る。


新しく班を作る。とても魅惑的な発想だ。何故今まで思いつかなかったのだろうか。


あの男の下で採集ばかりをして学生時代を無為に過ごすよりは、自分の判断で数々の課題をこなして、冒険者としての実力を磨く方がずっと有意義ではないか。


「ありがとう」


おそらく、マイカはフリーデルの背中を押そうとしているのだろう。そんな彼女に感謝を告げる。


暗い迷宮の中で、フリーデルに両手を塞がれ困ったような顔をする彼女はひときわ輝いて見えた。

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