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音楽室へ(1)

 ほぼ休憩時間毎に、アルミナの元には他の組からも生徒がやってくる。セレスのように顔見知りの生徒もいれば、彼女を通して挨拶から始まる学友もいる。足繁く通う生徒達と当たり障りなく対話をする転入生を横目に、朝の自己紹介を思い返した。


 伯母の取引相手だった、というのも重大な情報だったが、生家が軌道に関する事業を行っているというのも気になる。ついこの間まで前線に行っていたアキラからすれば、色々と話を聞いてみたい。リシアも、アルミナと話す機会があったら軌道について尋ねるだろう。


 一方で、なかなかアキラとアルミナが会話できる機会は来なかった。講義中はお互い真面目に勉学に励んでいるし、休憩時間は見ての通りだ。教室移動の時間は常にセレスが側にいて、寧ろ他人を近づけないようにしている。


 本人としても、家業の話をされてもつまらないかもしれない。結局、昼食前の講義中にアキラはそう結論づけた。


 午前の講義終了を告げる鐘が鳴る。教科書を仕舞うアキラの隣で、幾人かの生徒が我先にとアルミナを囲んだ。


「アルミナ様。昼食はどうなさいますか」

「良ければ、我が家で」

「ごめんなさい。今日の昼食は食堂でいただこうとセレスタイン様と話していたの」

「まあ、そうでしたか」

「それなら私たちも」


 徐々に周囲の生徒が増えていく。


 今日は食堂が混みそうだ。門前で何か軽食を探そうと、席を立つ。


「アキラは食事、どうするの?」


 気づいたセレスが声をかけ、すぐに納得したように笑う。


「そうだ。リシアね」


 特にリシアと約束をしていたわけではないが、そういうことにする。


「リシア?」


 誰かが問うように、友人の名を呼んだ。周囲の生徒が声の主を探すように視線を動かす。


 低く、冷たい声だった。


「リシア、さんって……ここの生徒?」


 すぐに、涼やかな声が響き渡る。セレスは転入生の方に向き直り、頷いた。


「そう。迷宮科の生徒で、友人なの」

「迷宮科?」


 転入生は眉を顰める。


「いえ、聞いたことはある」

「この学苑の特色でもあります。もしよろしければ、お話を聞いたり見学を」

「それは……」


 言葉をこもらせるアルミナに、周囲は気まずげに目配せをする。


 会わせるのか?


 そんな空気の中、発言者のセレスは咳払いをする。


「何か要望があったら、お話しくださいね」

「はい」


 その返答で空気は変わった。セレスとアルミナのやり取りを見届けて、アキラは教室を後にする。


 友人の名を呼んだ、あの冷えた声はアルミナの声だった。あれが素の声なのだろうかと考える。


 セレスも同輩達も、リシアのことをよく知っている。ならばアルミナも、リシアと面識があるのだろうか。


 世間は狭い、などと思いながら屋台で昼食を手に入れる。今日は揚げた川魚と酢漬けの野菜を挟んだパンだ。白身じゃないな、などと思いながら完食する。少し悩んで、おかわりをする。


 昼食を終えて学苑内部に戻る。先程のセレスの言葉を思い出して、つい足が中庭に向く。当然、迷宮科の友人の姿は無い。それだけを確認して踵を返す。


「アキラ」


 ほんの数十分ぶりに、友人の声を耳にした。声の方向を即座に定位し、いつものように手を大きく振る。令嬢の隣に立つ転入生の存在を今更ながら思い出し、慎ましく礼をした。その様を笑うセレスと互いに歩み寄る。


「もう食事は終わったの?」

「はい。そろそろ教室に戻ろうかと。そちらは、いつもより早いですね」

「切り上げないと、いつまでも捕まっちゃうもの。そうだ、それなら一緒に音楽室まで行かない?アルミナ様が、是非とも見学したいと」


 そう告げながら、どこか歯切れ悪く令嬢は口を動かす。ちらりと隣のアルミナを見て、囁いた。


「……やっぱり、学苑でもいつも通りの話し方でいいかしら」

「構わないわ」


 お互いに悪戯っぽく微笑み合う。ただの顔見知り、だけではないようだ。


「古くからの友人、ですか」

「ええ。エメリー家とアクスクラックス家が血縁なの。顔合わせの前から、年齢が近いということでアルミナとはよく会っていて」

「その縁で、こうしてお世話になっているわ」


 教室の中で見た表情よりも晴々としているアルミナを見て、アキラは少し安堵する。きっとすぐに新しい環境にも慣れるだろう。


「そうだったんですね、嫁ぎ先の……」

「ふふ、アキラも、いつも私と話してる感じで大丈夫よ」


 恐れ多いと思いつつ、頭を下げる。アルミナは変わらず笑顔を浮かべていた。


「お供するよ」

「じゃあ一緒に行きましょ」


 移動教室の時以外寄り付かない場所だが、「確認」のため着いていく。


 二人の令嬢の会話に、アキラはそれとなく耳立てた。


「家庭教師ではなくここに通う決め手が、音楽講師だったとか」

「そう。エラキスは有名なの。ジオード以外から二人も歌姫を出したから……一人は、候補になったけど」


 一層、アルミナの瞳が輝いた。その煌めきに何か暗いものが隠れたような気がして、アキラは目を見張る。


「今回の件で、再選考が行われる。それまでに高名な声楽部で学ばせてほしい」

「ええ。私からも頼んでみるわ……アルミナは声楽をやっていて、歌姫候補にも選ばれたの」

「スフェーン家の令嬢がいるとも、聞いた」


 令嬢について付け加えるセレスの後に、冷たく声が割り入る。


 教室でリシアの名を呼んだ時と同じ声だった。


「なぜ普通科にいないの」


 二人して言葉に迷う。アルミナは黙したまま、答えを待っていた。

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