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転入生

 作法の講師が、机の間を往来する。


「襟を」

「は、はい」

「糸が出ていますよ」

「切ります……」


 令嬢達の細かな身だしなみの不備を眼光鋭く指摘する。講師が近付くまでに、アキラは何度も居住まいを正した。身に纏っているのはいつもの赤いジャージではなく、指定の制服だ。


 硬い足音と共に講師はアキラの隣に立つ。見上げると、普段より一層冷ややかな目が向けられていた。


「……今日は流石に、制服ですね。体育着でしたら家に返すところでしたよ」


 ほっとしたのも束の間、「髪を纏め直すこと」とのお言葉をもらう。去り行く講師を見送りながら、あたふたと結紐を探した。


「合格できて良かったわね、アキラさん」


 隣の令嬢が声をかける。


「忘れてるんじゃないかって、セレスタイン様も心配なさってたの」


 セレスの呆れ顔が脳裏を過ぎる。定期朝会でもないのに、しばらくは必ず制服で来るようにと、直々に告げられたのだ。いつもとは違う学友の雰囲気に、アキラも大人しく頷いたのだった。


 そのセレス本人は、何故か教室にはいない。空いた席を横目に見つつ、教壇に立った講師の話に耳を傾ける。


「本日、この教室に皆さんの新しい御学友が加わります」


 驚いたのはアキラを含め、数人の生徒だけだった。他の生徒はしたり顔で頷いたり、隣同士で目配せをしている。家同士の繋がりで、既に情報を得ていたのだろう。


 あるいはアキラが聞き忘れていただけで、朝礼か何かで伝えられていたのかもしれない。


「粗相のないように」


 一同、席を立つ。何が合図だったのかもわからないまま、アキラはなんとか髪を纏めるのを間に合わせ、立ち上がる。


「では、中へ」


 そう講師が告げると、静かに戸が開く。


 入ってきたのは、学苑普通科の制服を着こなした長身の少女だった。その後に澄まし顔のセレスも現れる。


 促され、少女は壇上に立つ。姿勢の良い凛とした姿に、アキラは既視感を覚える。


 リシアも時折、こんな佇まいになる。


「さあ、自己紹介を」


 講師の言葉の最中、少女は教室を見渡す。一瞬目が合った後、すぐに少女は視線をどこか遠くに投げる。


「アルミナ・エメリーです」


 声が響き渡る。大声ではない、それでも人々の耳を傾けさせるような声にも、聞き覚えがあった。


「家業の関係で、エラキスに来ました。どうかお見知り置きを」


 そう告げて軽く膝を折る。アキラの礼とは比べものにもならない、気品に溢れた一礼だった。


「エメリー様は、つい先日エラキスに来たばかりです。学苑生活に慣れるまで……セレスタイン様、よろしくお願いします」


 恭しく頭を下げる講師に、セレスもまた礼をする。顔を上げ、転入生に微笑みかける。


「アルミナ様。学苑一同、貴女を歓迎します」


 一同、深く礼をする。


 机を見つめながら、アキラは学友達の間に漂う緊迫した雰囲気を敏感に感じ取っていた。


 来賓なのだろう。ならば、セレスが世話をするのも納得だ。


 一拍のち、顔を上げる。


 再びアルミナと目が合った。


「お席はこちらです」


 優雅なセレスの先導の後にアルミナは着いていく。セレスの右隣の空席に、転入生は静かにかけた。


「次の時間は数学ですね。講師に声をかけてきますから、皆さんは待機しているように」


 朝礼の時間は大幅に過ぎ、一時限目に食い込んでいる。作法の講師が教室を後にすると、室内の緊張感は最高潮に達した。


「改めまして、アルミナ様」


 転入生を向き、セレスは口を開く。


「ここでは、セレスタイン・カーバンクル・アルマンディンと名乗らせてもらっています。よろしくお願いします」

「ええ……いつも、お世話になっております」


 朗らかなセレスとは対照的に、アルミナは淡々とした口振りで会話をする。内容からすると、元々二人は面識があるようだ。貴族同士の繋がりなのだろう。


 次に、周囲の学友達の紹介をする。セレスが示し挨拶を交わすたびに、アルミナは学友の名を復唱する。


 自身の番が来るかもわからない。アキラは教科書を机の上に出す。


「それから、こちらはアキラ。アキラ・カルセドニー」


 手を止め、隣を向く。三度少女と目が合った。


「はじめまして。アキラ・カルセドニーと申します」


 居住まいを正し、深々と頭を下げる。先程までは順次名前を復唱していたアルミナは、何故か黙したままアキラを見つめている。この教室に入ってきた時から幾度となく向けられた、訝しげな目だ。


「……驚きました」


 しばらくして、アルミナは戸惑うように言葉をこぼす。


「カルセドニー委員、ですよね。でもお名前が」


 誰と間違えているのかは、見当がついた。


「シノブ・カルセドニーは私の伯母です」

「お、おば?」


 訝しげな瞳が、ただただ驚いたように丸く見開かれた。すぐに納得したのか、壇上と同じ表情に戻る。


「そうでした。彼女は鰓がありましたからね。だとしてもこんなに、そっくりなことって」


 今度は純粋に不可思議そうに見つめるアルミナの側で、セレスはどこか肩の荷が降りたように微笑みながら目配せをした。


 緊張が解けたようでなにより。


 一方で、アキラの方には疑問が残った。


「失礼を承知でお聞きしますが、伯母とはどちらで」


 おそるおそる尋ねるアキラに、アルミナは答える。


「カルセドニー委員には、家業の関係で懇意にさせてもらっています」


 すかさず、セレスが口を挟んだ。


「エメリー家は軌道の敷設と経営に携わっているの」


 脳裏を自身とそっくりな伯母の顔が過ぎる。


 どうしてそういう大切なことを、言わないのか。

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