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目標

「スペサルティン卿からは以上です」


 ゾーイが報告を終えた後も、シラーは珍しく呆気に取られたような表情のままだった。早朝とはいえ、夏の入口。汗ばむ首元を寛げながら言葉を発する。


「その……驚いた。協力してくれる、ということで間違いないかな」

「条件付きですが」


 閑静な図書館の片隅で、声を抑えつつ二人は応対をする。剣呑な雰囲気のシラーを横目に、ゾーイは傍らの聖女を窺い見た。困ったように小首を傾げるマイカを見て、内心溜息をつく。


 成功すると確信していたから、任せてくれたのだと思っているのだろう。だが班長の反応を見る限り、今の状況は想定外のもののようだ……と察してもいる。それが理解できない。そんな表情だった。


 上手く行くわけないだろう。ゾーイ自身そう踏んでいたから、スペサルティン卿の答えには困惑している。まさかこんな形で、迷宮科反対派の貴族が後ろ盾になってしまうとは。


「そうか。いや、確かに喜ばしいことだ。僕からも挨拶に出向いて、それから……うーん」


 何はともあれ上手くいったのだから、後は邁進してもらうだけだろう。だというのに、シラーは何やら二の足を踏みそうな雰囲気だ。無理もないが、聖女はその心中を汲み取る気は無いらしい。


「スペサルティン卿に応えなくてはいけませんね」


 そう言って微笑む。


 観念したようにシラーは呟いた。


「まずはリシアの勧誘か」

「はい」


 計画通りと言ってしまえば、それまでだ。元々シラーはリシアを班に招き入れるつもりだったのだから。ただそれは彼女についてくるであろう普通科の女生徒が目的だったのであって、リシア自身はお荷物でしかない。


 歯車としてだけの役割で班に置くほど、第六班は余裕があるわけではない。


 だがスペサルティン卿……あるいはマイカは、単なる「在籍」を望んでいるようだ。


「班が一つ潰れる。これまでもやってきた事だけど、講師はどう思うか」

「それは、これまで通り欠番が出るだけでしょう?」


 ゾーイの助け舟をマイカは一蹴する。通常のマイカとはまるで異なる物言いに、班長共々違和感を覚える。


 何か急いている。


「とにかく、僕の方で手はずを整える。二人ともありがとう」


 違和感を指摘せず、シラーは二人を労った。その後ゾーイに目配せをする。


 おそらく、副班長を交えて相談をするのだろう。マイカに悟られないように頭を下げる。


「それでは失礼します」

「うん」

「あの、待ってください」


 更にマイカは畳み掛ける。


「他に、何か手伝うことはありますか」


 何も後ろめたいことなどない、そんな眼差しだった。一瞬シラーは目を細め、すぐに首を横に振る。


「いいや、今はないよ」


 そして班長自ら、先に図書館を出る。


 やっぱり同族嫌悪だ。


 磨り硝子の向こうの後ろ姿を眺めながら、ゾーイも教室へと向かうべく席を立つ。そろそろ予鈴がなる頃だ。


「班長は」


 密やかな声が、書架の間に響く。


「本当にリシアを班に加えてくれるのでしょうか」


 俯いた聖女は溢す。普段の気弱な声音と同じだが、どこか、危うげなものを感じてゾーイは返答を考える。


「スペサルティン卿との約束なのだから、守るだろう。嘘は……つかない人だ」


 言う側から疑念が湧くような発言を、マイカは静かに聞いている。


「だから君も、隠し事はしないほうがいい」


 釘を刺したつもりだった。


 こぼれ落ちそうなほど見開かれた目が、ゾーイを映す。


「隠し事だなんて」


 視線が一瞬泳ぎ、揺らぐ。


「でも、そうですね。目標は明確にって、班長もよく言ってますし」


 裾を握り込みながらマイカは首をかしげる。


「私の目標をお伝えしても?」


 今聞いたら、最後だ。


 そう思って即座に答える。


「次の集まりの時にみんなに伝えてくれ。頼む」


 頼む、などと情けない言葉を余分につけてしまったが、マイカは曖昧な笑顔を返すのみだった。


 ただ、正直なところ。ゾーイにはマイカの「目標」は皆目見当がつかない。殆ど何も考えずに生きてきた、そしておそらくこの先も生きていけるこの聖女に、何か目標と言えるものがあるのだろうか。


 まさか、復位を狙っているのか。スペサルティン家への根回しにしては弱すぎるし、そんな事を大っぴらに「お伝え」できるわけがない。普通ならば。


「では、その時に」


 だがこの聖女はどうも、普通ではない。


 それだけはここ数日で嫌というほど理解できた。

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