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報告(4)

再び膠着する両者を他所に、店主はどこか能天気な掠れ声をあげる。


「ほら、まずはリシアから」


簾が静かに巻き上がり、木を編んだ籠が出てきた。同じく木編みの蓋を被せられたそれからは、ほんのり湯気が立ち上っている。


「……面白い食器」

「蒸篭だ。そういえばエラキスにはこういう、蒸す料理に使う器具は無いのか」

「鍋や鉄板に水を引いたりはするけど、こんなのは見た事がないかも」


こうやって容器に入れたまま、直接供する事が出来る調理器具自体も珍しい。取手をそっと摘んで、蓋を開ける。


濛々と蒸気が上り、リシアの視界を遮る。


「……わ!」

「可愛いね」


思わず感歎の声を上げる。横から覗き込んできたアキラが呟いた言葉に、リシアは頷いた。


蒸篭の中で、魚が三匹泳いでいた。透明感のある生地に透ける赤い餡。繊細な工芸品のようなそれをリシアは口にするのを躊躇いつつ、突き匙でそっと突く。


「これ、全部食べられるんだよね?」

「当然だ。熱いうちが美味いぞ」


続いて、酢と辛子を添えた小皿が出てくる。


「これも付けてみてくれ」


軽く手で扇いで湯気を払う。頃合いを見計らって、突き匙で魚を一匹、勿体無く思いながらも半分に切り分ける。


透けていた赤い餡の正体は、茹でた川海老だった。赤い海老の肉と白い薄皮の対比や優雅な尾鰭の造形を愛でながら、一口。


「……」


美味しい。


川海老の旨味を活かした餡もさる事ながら、餡を包む皮のもっちりとした食感も面白い。餡に含まれた、歯応えのよい根菜のようなものの微塵切りも味を引き立てるのに一役かっている。


「この、こりこりしてるのは何だろう」

「タケノコか?」

「タケノコ?タケって、あの竹?」

「地上に出てくる前の竹の芽は食べられるんだ。茹でても焼いても、漬物にしても美味い」

「へえ……」


竹自体はエラキスにも自生している植物だが、それを食用として利用するのは初耳だ。リシアの父あたりが知ったら、興味を持ちそうな話だった。


残った半身に小皿の酢と辛子を付けて食べる。酸味と辛味が、海老の甘さをはっきりとさせた。


「器用だなあ」


いつの間にかケインが椅子を寄せて近づいて来ていた。


「キンギョに似ている」

「キンギョ?」

「金色の魚って意味だ。東の観賞魚の一種で、鮮やかな朱色をしてる。」

「朱いのに金魚なの……?」


リシアは疑問を呈する。


「黒いのもいるぞ」


店主が更に混乱を招く発言をする。


「アキラにはこれだ」


魚を食べながら悩むリシアを横目に、店主は簾を巻き上げ、アキラの前に皿を置く。


ただの皿ではない。会食用の大皿だ。


そこに盛り付けられた豚肉とキノコの煮込み料理を見て、アキラはほんの少し口角を上げた。


「ありがとうございます」

「それと付け合わせのパン」


小ぶりのパンが五つ盛り付けられた平皿が出てくる。焼き色が付いていないパンと大皿を見比べて、リシアは何から言及すれば良いのか考え込む。


「……えっと、それ私と分けて食べるわけじゃないよね」

「食べたいの?ちょっと分ける?」

「あ、いや、いいよ」


まるで、一人で全部食べられるとでもいうような言い分である。怪訝な顔をするリシアを意にも介さず、アキラは手を合わせる。


「イタダキマス」

「嬢ちゃん、それ本当に全部食べられるのか」


にやつくバサルトだが、ケインとハロが珍獣を見るような目をアキラに向けているのを見て、黙って見物し始める。


「……美味しいです。キノコと豚肉だけなのに」

「どっちも旨味の塊だからな。下味をつけて白葡萄酒で煮込むだけで、文句のつけようがない味になる」

「キノコは、カタハタケですか?今が旬ですよね」

「そうだ。それなんだが、ここではキノコは春に取るものなんだな。私はずっと秋の味覚と思ってたんだが」

「カタハやハチノスタケは春が旬ですけど、イグチとかクズリノオウギは秋ですね」

「イグチか。あまり扱ったことがないな」

「肉厚で食べ応えがあるんです……このパン、蒸してるんですか?」

「ちょっと、普通のパンを用意出来なくてな。焼いた方が好みだろうか?」

「私はこのパンも好きです」


そんな会話をしているうちに、煮込み料理はアキラの口の中に消えていく。キノコも肉も無くなり、僅かばかり残った汁気もパンに含ませて、アキラは平らげた。


「……」

「なんかさ、見てて胸焼けしてこない」

「こらっ」


不安げな顔でアキラを見つめるバサルトの横で、ケインはハロの失言を窘める。


リシアはキノコの欠片も残っていない皿とアキラを交互に見つめる。


「……どこに入ったの」

「お腹だよ?」

「それはわかるけど」

「他に注文するか?」


早々に空の皿を引き込み、店主が聞く。アキラは少し考えるそぶりを見せて、


「リシアと同じものをください。それと、パンのお代わりって出来ますか?」


その言葉を聞いて、リシアは連れの底なしの胃袋に少しばかり恐怖を覚えた。


初めての依頼、その成功を祝う晩餐は、まだまだ始まったばかりだ。

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