昼食休憩(2)
やむなく、アニュイはアキラから乾酪と肉を受け取った。元々食が細いのだろうか、一層下がった眉を見ながら声をかける。
「そろそろ場所を探しましょうか。ね、アキラ」
同輩の気を逸らすと、明らかにアニュイは安堵したような表情になった。見覚えのある長椅子と卓に空きがないか調べる。配給を受け取るのが早かったのか、いくらか空席はあった。
「あっち」
アキラが示した卓へと向かう。周りの卓も空いているからか、喧騒から隔たれたように静かになった。
老朽化が目立つ天板を軽く払って、椀を置く。
「冷めないうちに」
アニュイはそう告げて、席に着くなり手を組んだ。見慣れた祈りにリシアは目を丸くする。どこか遠く離れた国の出身だと勝手に思っていたが、同じ文化圏らしい。それも、リシアよりもずっと信心深い。つられて手を組み聖句を呟く。一足早く唱え終え、向かいにかけたアニュイを覗き見る。
無表情だった。
その、何かがすっぽりと抜け落ちたような表情には、良く見覚えがあった。
「イタダキマス」
異国の言葉と共に同輩も食事を始める。手始めに乾酪を齧る横顔には、今ばかりは、楽し気な色が浮かんでいた。それが食事のためなのか、はたまたアニュイが同席しているからなのか、リシアには判別が付かなかった。
会話を交えつつ昼食を食べる。
多くはアキラからアニュイへの質問だった。
「他の迷宮に行ったことはありますか」
「はい。大陸で、箱や墓地に少し……墓守は遠目にしか見えませんでしたけど」
「墓守?」
「墓地を哨戒する遺物です。接触したらまず、生きては戻れないとか。地元の人々は避け方を心得ていて、童謡か何かで伝えていましたね」
大陸の迷宮の一つ、「墓地」についての話題に思わずリシアは反応する。詳しく問う前に、アキラが口を開いた。
「四つ足でしたか、その遺物は」
「いいえ。ヒトによく似ていました」
リシア達が出会った四脚型の遺物とは、似ても似つかないようだ。薄らと講義の記憶が蘇る。
エラキス付近ではまだ見つかっていないが、名物「遺物」とでも言うべき存在によって名を轟かせている迷宮はいくつかある。アニュイの口から出た「墓地」や、「劇場」、「標本箱」……いずれも発見から一度も深部にヒトが踏み入ることを許していない、難攻不落の迷宮だ。
そんな場所から何度か、生きて帰ってきている。改めて女冒険者の異質さを目の当たりにして、リシアは固唾を飲む。
「体格は倍近く違いましたけど」
付け加えて乾パンを齧る。アキラに比べると食べる量は少ないが、早々と平らげていく。前線の食生活を垣間見たようで、リシアは急いで手元の乾酪を咀嚼した。
「何故、他の迷宮からここへ」
他に気を取られていたところに、アキラの質問が出る。息が詰まったリシアの前で、アニュイは微笑んだ。
「その時は、同行者がいたんです」
翳りが見えた。
先程対人関係について話していた時の、困り顔ではあるが他人事のような微笑みとは違う、薄暗い笑み。彼女と周りを隔てる壁が一瞬、脆く不透明になった。
「そろそろ帰ろうって、言ってくれる人達でした」
彼らがどうなったのか。流石のアキラも、問うことはなかった。
「地上に帰る必要がない」という想像は、ある意味では当たっていたのかもしれない。
「みんなと離れて、他の人達と組む機会もありましたけど……今は、こういう緊急の依頼が無ければ殆ど地上には出ません」
彼女には、待っている人も一緒に帰る人も居ないのだ。
何か声をかけなければと、リシアは焦る。ただリシアが何か言ったところで、変わるのだろうか。彼女の孤独を煽るだけではないのか。不用意だと思いつつ、口を開く。
「……エラキスに出て、しばらくは滞在しますか」
「さあ。気が向いたら、前線行きの依頼でも見つけて戻ろうかと」
「食事とか、どうですか」
きょとんとしたような表情のアニュイと目が合う。動揺したまま言葉が溢れる。
「久しぶりのエラキスなんですよね?今、駅の周りに飲食店とかもたくさん出来てて、すごく様変わりしてると思います」
なおもアニュイは理解が追いついていないような目をしている。一旦言葉に詰まり、水を飲む。
一息ついて、小さく告げた。
「観光感覚で……すぐに戻ってしまうんじゃなくて、楽しんでも、いいんじゃないでしょうか」
オチがつかない。
自身の語彙に四苦八苦しながら、リシアは再びアニュイをうかがい見る。
女冒険者は乾パンの最後の欠片を口に含んだ。
「心配してくれているんですね」
一瞬、屈託なくアニュイが微笑んだように見えた。
すぐに眉が困ったように下がる。そうですね、と一言置いて女冒険者は尋ねた。
「よろしければ、おすすめのお店を教えてください」




