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昼食休憩(1)

 笛の音が響く。


「やっとか」


 疲れ果てたように冒険者が告げる。ため息混じりの騒めきが広がり、隊列は緩慢に動きを止める。


 随分と遅れた昼休憩だ。リシアも荷を下ろし、その上に腰掛ける。


「平気?」

「ちょっと、疲れちゃった。少し休んでから食事をもらいに行こうかな」

「それなら私が取ってくるよ。リシアの分も」

「うーん……」


 昨日や午前の対応を見るに、一人一人への配分は注意深く管理されている。あらぬ疑いをかけられてしまうよりは、リシアも同行した方が良いだろう。


「よいしょ」


 改めて立ち上がり、荷を背負う。


「一緒に行く」


 そう告げると、アキラはいつもより近くに身を寄せた。リシアを気にかけてくれているのだろう。反面、そこまで柔ではない査証を見せたいとも思う。


「お昼休憩、だよね?」

「うん」


 確認しつつ尾花堂の荷車に向かう。最初の休憩時よりも人の集まりが悪い。先程のリシアのようにまずは体を休める冒険者が多いのだろう。おかげで列は着々と進む。


「腹ペコかい?」


 荷車の上に立った女将が声をかける。笑顔を浮かべながら頷くと、女将もまた笑顔を返してくれた。


「さっきの熊は下準備が必要でね。残念ながら今は無いよ」

「あ……そうですか」


 予想通りの返答に、密かに熊料理を楽しみにしていたのであろうアキラがか細く呟いた。あの肉質は、生半可な調理では硬くて食えたものでは無いだろう。


「さっきと同じ乾パンに甘味、仕込んでおいた汁物……量はあるからたくさん食べな」

「いただきます」


 アキラが告げると、女将は片手を差し出した。


「ほら、器」


 皮の厚い手のひらに、アキラは椀を乗せた。荷車から降り、女将は手ずから汁をよそう。


「ほら。さっきのと味は違うから」


 漂う香りは確かに、香辛料の効いた刺激的な香りだった。具材は先程と同じように見えるが調味料を追加したのだろう。限られた材料の中で飽きさせない工夫にリシアは感心する。


「乾パンも」


 包みを二つ、アキラは受け取る。続くリシアの手にも、汁物の椀と包みが二つ渡ってきた。


「あんたもたくさん食べるんだよ。友達に負けないようにね」


 ずしりと重量が増す。追加の一袋を眺めて、リシアは困り笑いを浮かべた。


「いいんですか」

「構わないよ。乾パンはいくらでもあるからね」


 包みがもう一つ積まれる前に、リシアは前に進む。先の休憩と同じく燻製肉と果物の砂糖煮を受け取る。汁物以外の献立に変化は無いが、唯一、食事を配っている組合員は違う顔ぶれだった。


「足りるかい?」


 そうドレイクに問われ、頷く。次の冒険者の邪魔になってはいけないと、リシアは早足で列から離れた。


 アキラはまだ肉を受け取っている。やっぱり、先の休憩で貰った量は足りなかったようだ。


 同輩の姿をぼんやりと眺めていると、視界の隅に女冒険者の姿が入った。リシア達と同じように列に並び、食事を受け取っている。女将とも表面上は何事もなくやり取りをして、列から離れた。手元にあるのは乾パンだけだ。


 目が合う。


 先に向こうが会釈をした。


「あの」


 会釈の代わりに声をあげる。きょとんとした表情で、アニュイは足を止めた。


「お食事……誰かと食べますか?」


 一瞬訝しげな表情を見せた後、慌ただしく首を横に振る。


「い、いいえ!一人で食べようと」

「一緒に食べませんか。その、ご迷惑でなければ」


 一層、アニュイは戸惑うようなそぶりを見せた。困り笑いと共に尋ねる。


「もう一人の学生さんも一緒でしょう?構いませんか、私がいても」


 アニュイの答えに僅かな寂しさを覚えた後、彼女の目を見据える。


「お話を聞いてみたいんです。アキラもきっと、同じです」


 おはなし、とアニュイは復唱した。


「あまり面白い話はできませんが」


 薄く唇が弧を描く。困り笑いではない、初めて目にするアニュイの笑顔だった。


 アニュイの肩越しに、アキラがこちらへと向かってくる姿が見える。こちらもどこか訝しげな顔で、椀と包みを抱えてリシアの傍らに近寄る。


「どうしたの」

「アキラ。食事、アニュイさんも一緒にどうかな」


 想定通り、アキラは目を丸くした後何度か頷いた。


「食事はもう取りましたか?」

「ええ、乾パンを」


 そう告げる間に、アニュイの持つ包みの上にそっと甘味が乗せられる。


「お肉もありますよ」


 表情は変わらないが、心底心配気な声音だった。もう一つ、今度は乾酪が乗る。


 初めて、アニュイは気圧されたような表情を見せた。

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