必死
イチジクを胴乱に納め、学士と共に隊列に戻る。彼女が元の配置に戻るまでを見届けた後、アキラが近付いてきた。
「何か貰ってた」
「ヤドリイチジク。採集の話してたところに奇遇だね」
枝を見せる。夜色の瞳を瞬かせ、アキラは尋ねた。
「これ、食べられるの?」
「毒性の話はしていなかったけど……食べちゃダメ」
「うん」
そう素直に頷きつつ、視線は果実に向いている。確かにイチジクそっくりだが、可食とは限らないのだ。食欲をそそる甘い香りの漂う胴乱の蓋を、リシアはそっと閉じた。
少なくともエラキスではヤドリイチジクを見かけたことはない。薬局に売るか、あるいは……間違いなくこういうものが好物である父への土産にするか。
「なんというか」
声も届かない距離の学士を見つめ、ぽつりと呟く。
「お父様に助けられた感じ」
隣でアキラが小首を傾げる。
「助けられたって、何が」
「もし私がスフェーン卿と何の関係もない学生だったら、ホルンフェルスさん達はあんなに優しくなかったと思う」
笑う。
「結構顔が広いんだなあ、お父様」
ほんの少しの間、アキラはリシアの横顔を見つめていた。一瞬の沈黙の後口を開く。
「みんな、好意的だった」
「うん」
「リシアのお父様がそれだけ好かれてるってことじゃないかな。娘のリシアにも声をかけたくなるような」
そう告げられて、何故だかリシアが照れてしまう。言葉に困る同行者の姿を見てアキラもまた照れたように目を泳がせた。
「おばちゃんの知り合いだとこうはいかないかも」
「どうかな。だって昨日は」
思い返す。
どちらかというと恐れられているような反応だった。
「……アガタさんを見てたら、伯母様も慕われていることがわかる。お父様だって、伯母様のこと尊敬しているって言ってたもの」
「そうなんだ」
どこか素っ気ない返事だったが、ほんの少しだけ頬の血色が良くなっていた。嬉しいのだろう。こんな時、アキラがごく普通の「同輩の少女」であることを改めて認識する。
「あとさ」
アキラは言葉を続ける。
「リシアのこと助けたくなるの、わかるよ。お父様の繋がりとは別に」
暫し黙する。
考えたこともなかった。誰の手も借りて来なかったなどと傲慢なことを言うわけではないが、自身が他者から見て助けの手を差し伸べたくなるような人間だと思ったこともない。
むしろ手を差し伸べる気も失うほど生意気な人間だったはずだ。これは今も変わらないだろうが、自身は虚勢を張る傾向があるとリシアは自覚している。
その虚勢が周りからは剥がれて見えていたことも、少なからず衝撃だった。
「その……困ってるように見える?」
「困っているというか、頑張ってるから」
唇を噛む。
そうなのか。
「……そっか」
短い返答を聞いて、アキラは夜色の瞳に動揺の色を浮かべた。
「ごめん。言い方が」
焦りと共に出た言葉に、首を横に振る。
「その、嫌だったわけじゃない。ただ」
目を伏せる。
「頑張っていたんだ、と思って」
「必死」とそれは同義なのだろうか。ただ少なくとも、必死さを労われたことは一度もない。
「うん」
隣でアキラが頷く。
「リシアは頑張ってるよ」
視線を地に向けたまま歩き続ける。
嬉しいのだと、視界が揺らいでから初めて気付いた。
笛の音が響く。
「あれ」
目元を拭いつつ、前方を見据える。
「まだそんなに経ってないけど」
「距離は充分稼いだんじゃないかな」
アキラの言葉を受け、周囲の様子を見る。見覚えのある景色ではないが、整備された小通路と水場がある。昨日は立ち止まらなかった休憩所らしい。忘れないうちに地図に描き込む。
「これが最後の休憩かもね」
内側の隊列を守る冒険者が、仲間内でそう話しているのを小耳に挟む。このままエラキスまで戻るのだとしたら、しっかり準備を整えなければならない。
「ひとまず、休もう」
同輩にそう告げる。先程の休憩がアキラの言う「午前のおやつ」なら、今はちょうど昼食にあたるはずだ。尾花堂は大きな痛手を負ったはずだが、食事の提供はあるのだろうか。
取り止めもなく考え込むリシアを横目に、アキラは同じ配置の冒険者達に声をかける。
いち早く反応したのは、アニュイだった。




