影響
長い立て直しの時間を経て、隊列は動き出した。
「随分と待たされたわ」
荷物を背負うアムネリスの呟きをたしなめるように、ウゴウは何事か囁く。悪びれる様子もなくフェアリーはリシア達の顔を覗き込んだ。
「貴女達も運搬ご苦労様。熊のお肉は売れたんでしょう?」
「はい」
ただ、あの熊が次の休憩で供されることはないだろう。尾花堂も今回の襲撃で痛手を受けた。先程の様子では用意した食事以外に新たに調理をするのは難しい。
あの組合員は十分な手当を受けられたのだろうか。ドレイクなら命に関わりはしない傷だが、心配になる。
「私も、後手に回っちゃ駄目ね」
フェアリーの顎が好戦的に歪む。おそらくアニュイに向けた言葉だ。
その言葉が届いたのか届いていないのか、当のアニュイは曖昧に会釈を返す。その姿を見てそれ以上絡むこともなく、アムネリスは踵を返した。
「予定が随分とずれ込んだ。道中の配分には気をつけてください」
先を歩みながらウゴウは告げる。
昨日よりも進みが早いことに気付いて、遅れまいとリシア達も足を早める。
その傍らに、音もなく女冒険者が近づいた。
「あの、色々とありがとうございました」
担いだ毛皮から血と獣の匂いが漂う。対照的に、アニュイの声は穏やかなものだった。
「い、いえ……私は運んだだけですし」
「それに、困らせてしまいました」
リシアの発言をよそにアニュイは言う。
「ああすると、丸く収まるので」
意味を理解して、戸惑う。
そんなことを、こんなに明け透けに言ってしまっても良いのだろうか。
「お金、要らないんですか」
思わず言葉が出てしまったと思って、口を塞ぐ。声音が自身のものと随分と違うことに即座に気付いて、アキラの顔を見上げた。
いつもの無表情でアニュイを見つめている。
アキラも率直なところはあるが、こんな事を言い出すとは思わなかった。慌てるリシアの隣で、問われた本人は首を横に振る。
「もちろん、必要です。ただ、必要な分は知ってますから」
彼女にとって、今回の報酬は泡銭なのだろう。そう理解してもなお、納得はできなかった。
何に納得ができないのか。
これまでも金で、関係の歪みを正そうとしてきたのではないか、ということだ。
「……良くないですよね」
ぽつりとアニュイは呟く。思考を読み取られたような気がして、リシアは表情をこわばらせた。
アニュイは今までと同じ曖昧な笑みを浮かべている。思考はともかく、表情から察したようだ。
こんな表情を何度も、彼女は見てきたのだろう。
「奪うなって、よく言われます」
アニュイはそう告げて二、三歩、足早に前に出た。哨戒のためか、リシア達から距離を置くためか、隊列の左外縁に進んで行く。
奪うな、という発言の意味を考え、暗澹とした気分になる。
利己的とまではいかないが、彼女は他者からは非協力的に見えるのだろう。先の熊から庇ってくれたような行動。あれも、アムネリスの言う通り「協力する気など無かった」のが真実なのかもしれない。平凡な冒険者なら、熊を倒すのに手こずることもある。そこを他の冒険者に手助けされることもある。だが彼女には、隙がない。
同行する冒険者に配分が無いのだ。
だから、彼女から分配する。
それが反感を買う。
あくまでリシアの想像だ。筋道立っているとも思わない。まだアニュイと出会って数時間しか経っていないのに、理解し切れたとも思えない。
ただ確かに、壁はある。
「一人が楽なんだ」
ぽつりと、隣でアキラがこぼす。先程金の必要性について尋ねた時と同じ、悪意や嫌味の一切含まれていない声だった。嫌な予感がして、つい彼女の顔を見上げる。
夜色の瞳と目が合った。戸惑うように揺れた瞳が何かを覆い隠す。薄く唇が開いて、声も無く再び閉ざされた。
何かを飲み込んだ。
不安に襲われる。アニュイという存在は、確かにアキラに影響を与えている。
それを「悪影響」だと考えてしまう自分が、嫌になる。
ほんの少しだけ、リシアは同輩から身を離した。覚えのある後ろめたさが一層、腹立たしかった。




