わだかまり
腰を下ろして待ちぼうけていたウゴウ達に事情を説明する。
「またケイン達の……」
「同じ依頼を受けてるんだもの、関わるのは避けられないでしょう?」
「それはわかっているが」
ハロとの下りを出した途端、「夜干舎」の代表は難色を示した。不安げに見つめるリシアに気付いたのか、ウゴウは申し訳無さそうに覆面の縁を探る。
「いや、提案に不満はありません。私も運ぶのを手伝いましょう」
「ありがとうございます」
了承してくれたウゴウに礼を告げ、アニュイの方を向く。毛皮に包まれた肉を転がそうとしている後ろ姿に声をかけた。
「アニュイさん、一緒に持っていきましょう」
「あ、そ、そうですね」
そう答えながら毛皮の荷を解く。アニュイの側に駆け寄ると、どこか恥ずかしそうに口を開いた。
「断られるかと」
その答え方に既視感を覚えて、思い当たる。
少しだけ、リシア自身の返答に似ていたのだ。
「親切な方達ですよ」
リシアが告げるとアニュイは曖昧に微笑む。距離をとっているのだと、そこで初めてわかった。
リシアは熊の前脚を一本、アキラは後脚を二本抱える。既に冷たく重い肉の感触を確かめ、ハロと示し合わせた場所へと向かう。
「力持ちですね」
アニュイがアキラに微笑みかけると、同輩は会釈を返した。胴体を運ぶウゴウにも同様の言葉を告げる。当たり障りのない返事を聞きながら、ハロの姿を見つけた。傍らに佇むフェアリーの人選に、内心安堵する。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です。人手が足りないということで、こちらに」
足元の熊を示しつつ、ライサンダーはウゴウ達に向けて頭を下げた。ウゴウもまた応じる。この二人に関しては、険悪な雰囲気になることも無いだろう。
一方でアニュイは新しい顔ぶれに戸惑っているのか黙したままだ。それとなく挨拶を促す。
「お世話になっている組合の方々です。彼は先程会いましたよね。ハロさんです」
「よろしくね」
女将に対してと同様、ほがらかにハロは微笑む。多分、初対面の相手に対する交渉術のようなものなのだろう。リシア達と初めて出会った時とは明らかに「戦術」が違うが。
対して、効果があったのか無いのかアニュイは変わらず困り顔だった。
「そして、ライサンダーさん」
「よろしくお願いします」
フェアリーの挨拶に会釈を返す。アムネリスやウゴウ達と対面した時の態度と変わらない。異種族慣れしているのは確かなようだ。
「そっちも熊を獲ったんでしょ?アナタ一人で?」
ハロの問いにアニュイはまごつく。代わりにウゴウが答えた。
「ええ。我々の出る幕は無かった」
「ふーん。すごいじゃん!」
素直な褒め言葉に面食らいつつ、リシア達は熊を尾花堂の元へと運ぶ。荷車の上で組合員を解放していた女将が、此方を見つけて手を振った。
「そろそろ隊が動きそうだ。さっさと勘定してしまおうね」
「お願い」
荷台から降りた女将は肉を検分する。途中、目が合ったのかアニュイが申し訳なさそうに微笑んだ。女将はというと、何事もなかったかのようにアニュイの仕留めた熊にも手をつける。
「しめて、青二枚でどうだい」
女将の提示に目を丸くする。すぐに、配慮に感謝をする。
「どう?」
ハロはアニュイを含めた全員に振る。当然、リシア達は口を挟めるはずもない。アニュイの動向を見守る。
「ありがとうございます」
問題ないということだろう。率直にも思える返答に、女将は肩をすくめた。
「ちゃんと口裏は合わせときな」
返す言葉もなく、リシアは小さくなる。
ともあれ取引は無事に終わった。紙幣を受け取ったハロはアニュイに声をかける。
「ちょっといい?」
「はい」
荷台から十分に離れた場所で、ハロは紙幣を渡した。それとなく聞き耳を立てる。
「これ、アナタの分」
「……ご迷惑をおかけしました」
「別に構わないよ」
ハロにしては当たり障りのない発言の後、アニュイはリシア達の元へと歩み来る。
紙幣を差し出し、告げた。
「こちら、どうぞ」
「え?」
おそらく、その場にいた全員が疑問符を浮かべたはずだ。ライサンダーすらも面食らったようにアニュイを見下ろす。
「えっと、私達は何も寄与は」
「毛皮がありますから、大丈夫です」
会話が噛み合っていない。「大丈夫」という言葉がかつてのアキラのそれと重なった。
これは所謂奢りというものなのか。そう呼ぶには文脈に景気の良さも無い。まるで不要だから渡すような素っ気なさを、確かにリシアは感じ取った。
「それは貴女の報酬です」
ウゴウもまたリシア達に加勢するように告げる。
アニュイは一瞬目を丸くして、再び困ったように眉を下げた。
「すみません」
謝罪の言葉にどこか、「諦め」のようなものが漂った。
今回が初めてでは無いのだろう。そんなことを考え、リシアはかける言葉もないままアニュイの困り顔を見つめた。




