立て直し(4)
「手伝いましょうか」
思わず、リシアは上擦った声で尋ねた。不必要に響いた言葉が一瞬視線を集める。
「おや、蟹の……」
「手が必要でしたら、今、空いているので」
余計なことをと、思われただろうか。
ちらりとハロの方を盗み見る。意に反して、ハロもまた歩み寄って包みを拾った。
「僕も手伝うよ」
口を開いた途端、別人のような声音で囀る。ハロの変容に固まるリシアとは対照的に、女将は微笑む。
「悪いねえ。それじゃあ、頼もうかな」
そう告げて、転がった荷を指し示す。
「熊にやられてね。放り出された荷物をこっちの荷車に運んでるんだ。手伝ってくれるかい?」
「はい」
リシアとアキラ、それとハロがほぼ同時に答える。
考えた事は一緒なのか。腰を屈めて乾パンを拾うハロの姿を眺めながら推しはかる。
次いで、女冒険者に目を向ける。
どこか驚いたような表情で、こちらを見つめていた。
「アニュイさん」
駆け寄り、囁く。
「この作業が終わったら、また打診してみましょう。ですから、お手伝いお願いできますか」
告げた後で、無礼な物言いだったかと不安になる。変わらずアニュイはきょとんとした様子で目を丸くしていた。
ぎこちなく動き出したのを確認して、荷物の運搬に戻る。
「熊、本当に獲れちゃいましたね」
「まったく、口から出たものは注意しなきゃだね。あんたらも仕留めたのかい」
「いいえ、彼女が……それと彼も別の個体を。斥候なんです」
アニュイへの感情を埋もれさせるように情報を畳み掛ける。作業を行いながら、隣でハロが愛想良く会釈をした。
後で何か言われそうな気もするが、仕方がない。
「へえ。闘士も兼ねてるのかね」
女将の視線がハロの足元に向いた。
「熊が細切れになっていたら、都合が良いんだが」
「開きで済ませたけど、ご要望なら」
一度言葉を切り、再びほがらかにハロは返す。
「二頭分、どうかな」
ハルピュイアの提案に、難なく女将は頷く。
「あいよ。生憎、皮は買い取れないがね」
「あはは、むしろありがたいかも」
珍しく目配せがあった。頷き、アニュイの様子を伺う。納得はしたのか、荷物を抱えながらにこりと微笑んだ。
了承の後は黙々と作業を続ける。人手は十分過ぎたようで、瞬く間に荷物は片付いた。
「それじゃあ、熊を持ってきてもらおうか」
最後の荷物を移して、女将は告げた。
「わかった。すぐに持ってくるよ」
ひらりと手を振りハロは踵を返す。振られた手がすぐさま手招くように泳いだ。後を追い、十分に離れたところでハロは振り向く。
「二頭分持っていって、後で割る。それが穏便じゃない?」
「うん」
「その際あのドレイクは同席させないこと。まだアムネリスとかいう妖精さんのほうがマシだよ」
「それは、難しいかも。倒したのは彼女だから」
「じゃあ他を同席させる」
溜息をつき、付け加える。
「手は足りそう?」
「ウゴウさんに頼んでみます」
「ん」
そう言ってハロは先頭へと去っていった。アキラと顔を見合わせ、アニュイの元へと戻る。
「あの、アニュイさん」
所在なさげに立ち尽くす女冒険者に声をかける。何回か瞬きをして、アニュイは微笑みかけた。
「はい」
「その、ハロさん……さっきの冒険者も熊を倒したようで。彼も肉を売り払うようなので、アニュイさんが仕留めた熊も持ってきましょう。そのほうが、尾花堂さんも手間が、かからないかなと」
しどろもどろになりながら提案する。アニュイは挙動不審なリシアの言葉を、口を挟む事なく傾聴してくれた。
「わかりました」
アニュイの返答にほっとする。一方で、先程のような発言が飛び出して来なかったことに内心首を傾げもする。
「私達も手伝います。それと、ウゴウさんにも声をかけてみましょう」
「ウゴウサン?」
アニュイは口を開きかけ、取り繕う素振りを見せることもなく頷く。
「そうですね」
ウゴウのことだ。名前を名乗っていないということはないだろう。
これがアムネリス達が警戒していた理由なのだろうか。大袈裟だ、と思う一方で尾花堂の女将の表情を思い浮かべる。取引に響いていたのは確かだ。先程、いや今も、女将はアニュイから熊を買い取るつもりは無いのだろう。
リシア達を挟むことで、ことは上手くいくのだろうか。
不安だらけなまま、リシアはアキラ達と共に左翼へと戻った。




