報告(3)
「私は夜干舎のケインだ。同じ浮蓮亭を拠点にしている者同士、よろしく頼むよ」
右手が差し出される。大量に嵌められた指輪や腕輪に怖気付きながら、リシアはセリアンスロープ……ケインの手を握る。
「で、こっちは同じ夜干舎のハロ。ほら、挨拶」
「アイサツはもうしてる」
ハルピュイア……ハロはリシアを一瞥する。整った顔立ちも相まって、無性に神経を逆撫でするような態度だった。
「……」
「あともう一人、ライサンダーという奴がいる。前見ただろう?」
「あのフェアリー?」
「そうそう」
ケインは頷き、次いで男の方を向く。
「あんたも自己紹介するか?」
「俺は夜干舎でもないただの回収屋だぞ」
豪快に男は笑う。
「ま、もしもの時はよろしくな。あんまり世話になるもんじゃないが」
バサルトだ、と男は右手を差し出した。
「バサルト・カルセドニー」
「ん、同じ血筋かいアキラ」
ケインは耳を立て、アキラを見つめる。アキラはゆっくりと首を横に振る。
「いえ、違います」
「俺と同じ血からこんなべっぴんが生まれるわけないだろ。平民の三割はカルセドニー姓なんだ。グラナデンもジオードも」
「へー、紛らわしい」
ハロはそう呟いて、焼き魚を切り取って一口食べた。
三人の視線が、リシアに向かう。
「次は君の番だ」
「えっと、リシア・スフェーンです」
居住まいを正してリシアは名乗る。
「スフェーンっていうと……子爵か」
目を細め、バサルトは酒を一口舐めるように飲んだ。
自己紹介は苦手だ。名前を名乗ったところで、自身の家柄にしか言及されない。
「ええ」
「やっぱりいいトコのお嬢さんなんだ」
なんともつまらなさそうにそう言って、ハロは頬杖をついた。
「今のご時世、子爵なんていいトコにも入らない」
拗ねたようにリシアは言い捨てる。バサルトは少し困ったような表情になって何か告げようとして、
「家柄とかはなんだっていいんだ。可愛い後進達だろ?バサルト、気にかけてくれ」
ケインの装飾過多な右腕に遮られる。
「やけに気に入ってるな。その変な頭もこの子とお揃いなのか」
仲が良いことだ。そう呟いてバサルトは低く笑う。アキラは今更気付いたように、身に付けたジャージと呪術師の頭髪を見比べた。
ケインはあからさまにムッとした表情になる。
「なんか不評だな……そんなに変な色か?」
「派手過ぎ」
端的なハロの言葉に、ケインは唸り考え込む。
「……元の色に戻すかな」
「ここで?」
ハロは目を丸くした。突き匙を置き、食い入るようにケインを見つめる。
「君達も、最初に出会った時の私の姿は覚えているかい?確かあんな色だ」
飾りを被せた人差し指が、店の暗がりに掛けられていた鏡を指差した。少し曇った凹面鏡の額縁は、確かに以前のケインの耳と良く似た銅色をしている。
鏡に視線を向け、再びケインに目を向けると、頭髪は既に臙脂色ではなくなっていた。具合を確かめるように呪術師は髪を指で梳く。
「あ、あれっ」
「……はあ」
動揺するリシアとは対照的に、ハロは静かに溜息をつく。
「ちょっと意識が違う方に向いた隙に変わってるんだから。どういう仕組みなの、まやかしって」
「初めて見たが、いつの間にか姿が変わるんだな」
感心したようにバサルトも腕を組む。
皆の視線を一身に浴び、落ち着かないようにセリアンスロープは耳を小刻みに動かした。
「なんだ、照れるな」
一方のリシアは開いた口が塞がらない。知識として「まやかし」というものの存在は知っているが、実際に目にすると、驚きのあまり言葉も出なくなってしまった。
「ところで、女学生達は次の依頼はどうするんだい」
光の加減で金にも見える頭髪を弄りながら、ケインは問う。リシアはハッとして壁を見つめた。以前、キノコ狩りの依頼書が留められていた場所には国の調査依頼以外の紙は無い。
「……依頼は無いみたいだし、暫くは学苑の課題をこなそうかな、と」
「国からの依頼なんかはこなさないのかい?君達でも出来そうなのが時々紛れてるぞ。駅にごく近い小通路の植生調査とか」
「え、本当?」
「役所はこまめに覗いた方がいい。酒場に全部掲示されるわけじゃないからな」
新たな情報をリシアは覚え留める。植生調査なら、その場にある植物を標本として片っ端から採取すればいい為、指定された種類を集める依頼よりは楽なはずだ。
もっとも最初の依頼で苦労したので、採集はしばらくは御免被りたい。
「君らさー、大抵の依頼は自分の足で取ってくるもんだよ?酒場や国に頼ってるようじゃやってけないんじゃない?」
ハルピュイアが囀った。わざとらしい呆れ口調に、リシアは眉間にしわを寄せて不快感を示す。
「お言葉ですけど、貴方は自分でちゃんと依頼を探してきてるの?いっつも此処に居るように思えるんですけど」
ハルピュイアは露骨に目を泳がせる。
「だってケインが二週間は安静にしろって言うんだもん」
「別に依頼探しぐらいは許すぞ、私も」
「足なら兎も角、腕の骨折程度で大袈裟じゃない?骨折なんて一週間もすれば完治するのに」
「は?」
ハロが素っ頓狂な声を上げる。思いの外大きなその声に、リシアは二の句が継げなくなる。
「……あー、嬢ちゃん」
何処かすまなさそうに、バサルトが囁いた。
「骨折が一週間で治るのは、俺らドレイクくらいだ。他の種族は二週間はかかる」
「えっ」
リシアは驚愕する。ハルピュイアはドレイクと比べると華奢な種族だが、治癒力にまで差があるとは思いもしなかった。
ハロを見ると、憮然とした様子で包帯で包んだ腕を掻いていた。
一瞬二人は目を合わせる。すぐさま視線を逸らし、互いにバツの悪そうな顔をした。
ドレイク
現生のうち、最も繁栄している人類。単純な筋力ではフェアリーに劣り、ハルピュイアのような俊敏さに欠け、セリアンスロープのように「まやかし」を使える訳では無いが、繁殖力や適応力に優れている。
第二次性徴が発現するまでは、耳の横から外鰓が生えている。この鰓は十四歳頃までに落ちてしまうが、極稀に、第二次性徴を終えても鰓が落ちない個体も存在する。
非常に治癒力が高く、骨折程度なら一週間で完治する。個体によっては眼球の水晶体が再生することがある。怪我を負っても即座に復帰することが出来るため、傭兵や冒険者の人口が多い。
多くの「目」や「科」を有するフェアリー、セリアンスロープと違い、ほぼ単一の種からなる。




