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立て直し(2)

 隊の動きが止まって随分と経った。


 通路の隅に腰掛ける人々も出てきた中、リシアは進行方向を見つめて立ち尽くす。


 動きはない。アニュイも戻って来ない。


「あの……けっこう経ってますよね」

「そうねえ」


 アムネリスが返す。ライサンダーと同様に、彼女の身体も静止に向いた構造をしているのだろう。リシアと同じく立ったままだが微動だにしない。


「進まないのはともかく、また欠員が出そうなのはいただけないわ」

「アムネリス」

「呼び戻しに行ってくれない?代表」


 たしなめるように名を呼ぶセリアンスロープに対して、こともなげにフェアリーは告げる。


 何かに巻き込まれたのだろうか。熊の爪を握りしめ、尾花堂の荷車へと向かったアニュイの後ろ姿を思い浮かべる。灰ノ月会のように離脱するとしても、こんな中途半端な道程で抜けたりはしないはずだ。ほぼ一本道だというのに。


「あの、私行ってきます」


 片手をあげる。アムネリスの複眼がちらりと揺らめいて、ウゴウに何かを示した。


「それなら、もう一人」

「じゃあ一緒に」


 アキラも片手をあげる。ウゴウは腕を組み、僅かな沈黙の後に頷いた。


「お願いします。何か騒ぎが起きているようであれば、すぐに戻ってきてください」


 関わらないように。


 念を押すようにそう付け加える。その一言がどうにも腑に落ちず、リシアは会釈のみを返す。


 心配してくれているのだろう。それはそれとして、アニュイから距離を取るような……寧ろ排除とも取れる対応が気になる。こんな雰囲気は苦手だ。アキラも同様なのか、普段よりも著しく口数が少ない。


 同輩と目が合う。どちらともなく、踵を返した。


「アニュイさん、凄かったね」


 少し離れたところで話を切り出す。アニュイの立ち回りは、他の冒険者とは別次元の動きのように見えた。冒険者にとって強さは、強さだけは、万人が同じ認識で評価することが出来るはずだ。あのアムネリスも、アニュイの技術に関しては手放しで誉めていた。


 アキラにはどう見えたのだろう。


 同輩の顔を見上げる。


「何が起きてたのか、わからなかった」


 ぽつりと少女は呟く。その言葉が意外で、リシアは尋ねる。


「わからなかったって、速すぎて?」

「ううん。動作は見えた。ただ、あまりにも平然としてるから」


 一瞬言葉が途切れた。


「慣れてるんだと思った。トドメをさすの」


 本職だもの、とリシアは返そうとする。そこにアキラが発言を続けた。


「ああいう風にやれば、一人でも倒せるんだ」


 危機感を覚える。


「それは、危険だよ」


 咄嗟に出た言葉に、アキラは一応興味を示してくれた。


「危険」

「そもそも、迷宮は一人で探索するところじゃなくて、だからこそ私もアキラと……組んでるわけだし。アキラを一人で迷宮に向かわせる気も無いし」


 この辺りに関しては、まだ罪悪感が残っている。意気消沈していくリシアに気付いたのか、アキラは少しだけ戸惑うように視線を惑わせた。


「アニュイさんが特殊なだけだね」

「そう!凄く強くて、慣れてるの。前線に」


 きっと、そうだ。


 どこか納得したような目になったアキラを見て、リシアは一人頷く。


 粘ついた匂いが鼻に纏わり付いた。


 足を止める。


「……?」


 先程までの湿気た匂いとは違う、金属を思わせるどこか嗅ぎ慣れた匂いに顔を顰める。


 匂いの混じった空気が進行方向からゆるりと流れてくる。血の臭いだと気付いて、思わずアキラの袖を引いた。

「怪我かな」

「熊の血かも」


 アキラの素早い返答に納得する。同時に、先程のアニュイが仕留めた熊からは獣臭以外はほとんど漂っていなかったことを思い出す。


 一撃で仕留めるということは、血を流さないということ。血を流さないということは、他の獣を誘き寄せないということ。そんな連想をして、一人感心する。


「あ」


 小さく声をあげて、アキラが一点を見つめた。つられて同じ方向に視線を向ける。


 そこにいたのは、アニュイでも尾花堂でも無かった。


 遠く灯火が揺らぐ中、血溜まりが光を反射している。倒れ伏した獣からは強烈な存在感と臭いが立ち昇っていた。


 それも一匹だけではない。


「ハロさん」


 アキラの呟きにぎょっとする。まさか、熊に紛れて倒れているのか。足早に近付き、血溜まりの縁に立つ。


「あの、怪我人とかは」


 傍らに立っていた冒険者に話しかける。壮年のドレイクは訝し気な表情で頷き、壁沿いを指差した。


「何人か。あそこで手当を受けてるよ。もしかして組合員がいないとかか?」

「あ、いえ……そうです。知り合いが見つからなくて」


 口籠りながらも尋ねる。


「ハルピュイアと、ドレイクの女性を探してます。ドレイクは熊の爪を持ってるはずです」

「熊の爪はともかく……ハルピュイアはあっちじゃないか?」


 熊を越えた人集りをドレイクは指差す。足を投げ出し座り込んだ、血塗れのハルピュイアが人の合間に見えた。


 首筋が冷えた。


「やっぱりハロさんだ」


 隣で呟くアキラの手を引き、ハルピュイアに駆け寄る。


「ひどい傷……!」


 膝をつき、顔を覗き込む。


 なんとも不機嫌そうなハロと目が合った。


「なに」

「え」


 だってその傷、と口を開く前に、ハロの体を眺めた。裂傷などは見当たらない。


「一気に前線崩されて……疲れちゃった。ちょっと休ませてよ。それかケインかライサンダー呼んで」

「どうしたのその血」

「正中かっさいた時に頭から被っただけ」


 あっけらかんと告げるハロと、腹から喉にかけて切り裂かれ体内を暴かれた熊を交互に見る。


 すらりと伸びた脚の先で、血と毛のこびりついた蹴爪が鬱陶しそうに地を掻いた。

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