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立て直し(1)

 熊を斃した時と同様に、アニュイは早々と解体を進める。小刀で頸椎や肩の継ぎ目を断ち落とす様をリシアは注意深く観察する。


 理屈はわかる。関節を捻り靱帯を断つ。ネズミやクズリと同様に、熊もそうやって解体していけば良いのだろう。


 その作業があまりにも鮮やかに行われるものだから、簡単なことのように思えてしまう。


 当然、そんなことは無い。リシアが同じ作業を行なっても、こうはいかないだろう。


 だからせめて、見て学ぶ。


 最後の脚を落とし、熊は肉塊と毛皮とに分別される。うっすらと立ち昇る湯気は命の名残りだ。確かな熱量の傍らで、アニュイはため息をつく。


「そろそろ、他の熊も追い払えたか駆除できたかしら」


 リシアは耳を澄ませる。前方は未だ騒がしいが、獣退治の最中の騒がしさのようには思えない。


 ひと段落したのだろう。


 よいしょ、と小さく掛け声をしてアニュイは毛皮を抱える。それから、何かを思いついたように口を微かに開いた。


「……今解体しなければよかった」


 そうして再び皮を地に下ろし、拡げる。


「駄目ですね。久しぶりで、段取りが」


 そんなことを呟きながら困り顔で笑う。


 皮に肉を戻すように包み、辺りを見回す。


「あの、ごめんなさい。やっぱりお手伝いをお願いしてもいいですか?」


 リシアと目が合ったアニュイは、申し訳なさそうに頭を下げた。


「何をお手伝いしましょうか」

「お食事を作ってくれた組合の所へ、運んでみようかと」

「それなら、その前に相談したほうがいいかもしれません」


 蟹のことを思い出しつつリシアは提案する。女冒険者は頷き、立ち上がった。


「そうですね。えっと、お食事の組合は……」

「尾花堂です」

「そちらにご挨拶に行ってきます。そうですね、証拠代わりに」


 アニュイは熊の頭を抱える。


「少し離れますね」

「待ってください。爪が良いと思います」


 むこうも生首で動じるような人々では無いと思うが、念の為。


 リシアの提案を素直に聞いた女冒険者は、熊の手から爪を落とした。


「それじゃあ、行ってきます」


 爪を片手に小走りでアニュイは一団の中央へと向かう。生首と向き合いながら、リシアはその場で待機する。


「手練れねえ。全然出番が無かったわ」


 残念そうに肩をすくめながら、アムネリスが熊の側でしゃがみ込んだ。


「首を一突き……単独での立ち回りに特化している。一人で前線を彷徨いていたってのは、本当みたい」


 熟練した冒険者から見ても、アニュイの立ち回りは見事なものだったらしい。複眼に好奇の色を宿し、アムネリスは熊の鼻面を覗き込む。


「あんなに強いのに、何故一人だったんでしょうか」


 アニュイ本人が居ない間に尋ねる。フェアリーは顔を上げ、顎を薄く開いた。


「引く手数多じゃないか、ってこと?」

「はい」

「元は一人じゃなかったかも……というのはさっきも言ったわね。うん、思うに、誰も着いてこれないのよ」


 あんまりな言葉に、リシアは目を丸くする。


「そんな」

「彼女、私達と協力する気は無かったでしょう?」


 何かを言い返す前にアニュイの一連の動作を思い返した。


「そう、なんですか。わかりません。私達を庇ってくれたようにも見えて……」

「あら。そう見えたの」


 アムネリスは小首を傾げる。疑問を呈しているわけではなく、こちらの発言を促すような仕草だった。


 加勢をすると言っていた人間が、非協力的なことがあるのか。


 言葉に出来ない、だが確かに否定的な思いを巡らせるリシアを見つめ、なおもフェアリーは薄笑いを浮かべる。


 笛の音が響いた。これまでの休憩や進行時の音とは違い、区切る様に数回吹いている。危機感を煽るような音が嫌に耳につく。


「待機だ」


 ウゴウが呟く。代表の笠の内を見上げ、アムネリスが問う。


「怪我人?」

「一人や二人じゃないな。もしくは、死人か」


 「夜干舎」の会話を聞いたリシアの反応を見たのか、ウゴウが言葉を濁す。


「……いや、滅多にないことだ」


 そんな口振りではなかった。唇を噛み、前線を見やる。斥候を務めるハルピュイアの顔が脳裏を過った。


 熊がここまで駆けてきたということは、前線を突破してきたということだ。何かしら被害はあったのだろう。その被害の中に、彼が含まれていたら。


 とめどもない不安に立ち尽くすリシアの傍に、アキラが近付く。少しの間の後、一つ一つ言葉を溢した。


「救護の人もいるから、今手当をしているんじゃないかな。蟹に突き飛ばされた人もすぐに手当を受けてたし」

「……そうだね」


 顔に出ていたのか。どこか心配気に声をかけるアキラに返事をする。


 ドレイク以外のヒトが怪我をしたら、どうなるのだろう。ハロの骨折はいつからだったのか。裂傷はどのくらいで治るのか。


 学苑では考えたことも無かった。異種族の同行者がいるということについて、何も。


 上手く言語化が出来ないまま、ウィンドミルの柄を握り込む。


「救護なら先生もいるし、咒師も大勢いるから大丈夫よ」


 宥めるようにアムネリスが告げる。


 先程とはうって変わって、穏やかな声音だった。

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