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復路(3)

 二日目の配給は、一日目とは随分と様子が違った。


 すれ違う冒険者が乾パンを抱えているのを見て、リシアはアキラに話しかける。


「そっか。普通の食事って日持ちはしないもんね」

「お弁当は昨日だけだったのかな」


 硬い乾パンに四苦八苦しているらしい冒険者を横目に、アキラは声を弾ませる。


「汁物はあるかも。朝の蟹みたいに」

「碩学院謹製の完全栄養食もあるかもね」


 おそらく二日目以降の食事は、日持ちすることと嵩張らないことが条件なのだろう。食事の全容を見ようと、リシアは背伸びをする。


「こういう時に食べる保存食って、どんなのだろう」

「普通に売ってるのとそう変わらないと思うけど……油漬けとか砂糖煮じゃないかな」

「温める?」

「必要なら」


 アキラの提案に少しそそられる。野外での調理には元々憧れがあったのだ。もっとも加熱のみを調理と言うかはわからないが。


 列が進み、尾花堂の女主人の姿が遠目に見える。昨日や今朝と同様に切り盛りをする姿は逞しい。


「はい、まず乾パンね。それから汁……温めたいならうちの火を使っていってもいいよ」


 紙包みの中から板状の乾パンを取り、前に並んだドレイクに渡す。続いてドレイクは荷台の上に陣取る冒険者に乾パンを差し出した。冒険者は小脇に抱えた塊肉に小刀を添え、削り出す。


 燻製肉だ。


「おや、蟹の子じゃないか」


 女学生の姿を捉え、女将は笑う。笑顔と共に差し出された乾パンを取り、リシアは会釈を返した。


「あいにく蟹の汁物は売り切れだけどね。道中何か獲れたら、また買い取らせてくれよ」

「は、はい」

「何がいいですか」


 アキラの返答に、虚をつかれたように女将は口を閉ざす。しかしすぐに豪快に笑い声をあげた。


「注文してもいいのかい?そうだねえ、熊でも頼もうか」


 冗談のつもりらしい。当のアキラは本当に冗談かもわからない表情で乾パンを受け取る。


「隣で燻製肉と乾酪、更に向こうの荷車で簡単な汁物を配ってるよ。甘いものが欲しいなら、瓶詰めの砂糖煮もある。腹を満たして残りも頑張りな」

「はい」


 女将に促されるまま、荷台に乗る組合員の前に立つ。小刀と肉を手にして、組合員は身を乗り出した。


「肉は二切れ、乾酪は三切れまでだ」

「えっと、一切れずつお願いします」


 そう告げると、組合員は思ったよりも分厚く肉を切り出した。更に倍の厚みの乾酪と共に、乾パンの上に乗せられる。


「ありがとうございます」

「はい次」

「肉二枚、乾酪三枚でお願いします」


 躊躇なくアキラは最大限の量を所望した。山盛りの乾酪を崩さないように、そろそろと列から離れる。


「砂糖煮と汁物も貰う?」

「食べる、食べる」


 想定通りの返事を聞いて、リシアも同輩に歩調を合わせて隣の荷車に向かう。


 乱雑に積まれた陶製の瓶の中身は、女将の言葉通り砂糖煮のようだった。その隣で熾火で温められている汁物は、朝の蟹とは打って変わって野菜と芋が主体の汁だった。


「流石に一人一瓶ではないよね」


 冗談半分に言いながら、匙を使って瓶の中身を掬う。光を受けて琥珀色に輝く砂糖煮からは、ほんの少し柑橘の匂いがした。乾パンの端に砂糖煮を乗せる。


「お椀取ろうか」

「あ、お願いしていい?」

「ん」


 準備の良いアキラは、既に椀を手にしていた。背を向けると、鞄をあさぐる音がして肩越しに食器が現れる。


「はい」

「ありがとう」


 汁物を注ぎ、人混みから離れる。


 波に揉まれていつの間にかはぐれてしまった「夜干舎」の姿を探す。まだ食事の列に並んでいるのだろうか。振り向いて背伸びをする。


「おや、君達」


 さらさらと何かの擦れあう音と共に、誰かが背後に立つ。振り向き、そこに立っていた姿と記憶を参照する。


「えっと……夜干舎の」

「そうそう。久しぶりだね」


 防護仮面のハルピュイアはそう告げて、軽く会釈をした。手袋で覆われた長い指先が、人混みから離れた壁際を指差す。


「連れを探しているのかな」

「はい。その、ケインさん達を」

「ケイン達は向こうだよ」

「あ、もう食事を取ってたんだ……ありがとうございます」

「なに、私も食事に誘われていてね。お邪魔しようね」


 先に歩き出したハルピュイアの後に続く。


 壁際に近づくにつれ、賑やかで不穏な声が大きく響いた。一際甲高く囀る声を耳にして、リシアは頬をかく。

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