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復路(2)

 道程を巻き戻すように休憩所に辿り着く。配分を考えると、まだまだ先は長い。壁の際で荷を下ろしつつリシアは溜息をついた。


 ここまでは、何事もなかった。斥候にも目立った動きはなく、両翼を奇襲する獣もいない。無論、リシアの担当する左翼で騒ぎが起こることもなかった。


 迷宮についての会話は殆ど交わされなかった。というよりも、アニュイはもっぱらウゴウやアムネリスの来歴について知りたがり、そちらとの会話が途切れることなく続いている状態だ。そこに何か「夜干舎」側の作意を感じつつ、リシアは横目で様子をうかがっていた。


 その間、アキラは実に静かだった。会話に入りたがるような素振りを僅かに見せながらも、言い渡された仕事をすぐに思い出して切り替える。普段のまるで考えの読めない姿からすると、機微がわかる分一緒にいるリシアも落ち着かない。明らかに同輩は注意散漫だ。


 そんなアキラも今は、隣で荷を下ろし水筒に口をつけている。アニュイの姿は見えない。おそらく、弁当の配給場所へ向かったのだろう。


「食事はどうする」

「とりあえず受け取りには行こうかしら……貴女達は?」


 アムネリスに話を振られ、リシアは一瞬狼狽える。


「そう、ですね。まだお腹は空いてないので」


 腹の虫が微かに喚く音が響く。音の出所に顔を向けると、アキラと目が合った。無言の圧力を感じる。


「……私も食べようかな」


 もう腹が減っているのか。健啖なのは燃費の悪さの裏返しなのかもしれない。再び荷物を背負って、アキラと共に配給場所へと向かおうとする。


「おーい、一緒に食事でも」


 聞き慣れた声と共に人混みから赤銅色の耳が飛び出る。現れたセリアンスロープを見て、思わずリシアはもう一人のセリアンスロープの方を振り向いた。


「ん、なんでウゴウがここに」


 片手を振りつつ歩み寄るケインは、笑顔を崩さずに問う。その笑顔には普段リシア達と関わる際には見えない、気慣れた間柄故の意地の悪さのようなものが滲んでいた。


「空きが出たから代わりに入った。碩学院に話は通してある」


 憮然とした声が笠の下から響く。


「ああ、そういえば行きの時の二人がいないな」

「よくあることだが、何も学生がいる時に外れなくても」

「相変わらずだなあ」


 ケインは肩を竦める。懐かしむような瞳が、不意に女学生を映した。


「ウゴウは気難しい奴だが、まあ悪い奴じゃあない。アムネリス共々仲良くしてくれ」

「あらケイン、随分と偉そうに」


 フェアリーの細く硬質な指先が耳をつまむ。形容し難い悲鳴の後に、ケインはもう片方の耳を忙しなく動かした。


「ひん」

「ついでに食事を取りにいきましょうか、貴女達もどう?」

「ご一緒します。それと耳を……」


 宥めるように苦笑いを浮かべると、フェアリーは耳から手を離した。自由になった耳がぱたぱたと音を立てる。


「ありがとう、リシア」


 意気消沈した様子でケインは礼を告げる。どうやら耳をつままれるのには弱いらしい。


 はたと、思い直す。


 いや、ドレイクだって嫌だ。


「ほら、ウゴウも行きましょう」


 アムネリスの手招きに、渋々ウゴウは動き出す。二つの夜干舎に挟まれ、リシアとアキラも人集りの中に向かった。


「ところで空きが出たという話だったが」


 耳の毛並みを整えつつ、ケインは尋ねる。


「まさかウゴウで二人分ということもあるまい。もう一人はどこに?」

「先にお食事を取りに行ったと思います」

「そうか。どんなヒトだい」

「それが、朝お風呂で出会った方なんです。すごい奇遇」


 はしゃぎつつリシアが伝えると、赤銅色のセリアンスロープは目を丸くした。瞳が針のように縮んだのを見て、リシアは思わず口をつぐむ。


「……確かに奇遇だ。そうか、彼女が」

「知り合いなの」


 アムネリスが小首を傾げる。ケインは頷き、すぐにやんわりと否定するように手を振った。


「と言っても、朝少し話をしたという程度だ。以前に縁があったというわけでもない」

「ふうん」

「ただ」

「違和感があったんでしょう?大当たりよ」


 フェアリーは顎を割る。


「だからウゴウに声をかけたの」


 笠の下から溜息と共に苦言が溢れる。


「そういうわけだ」

「気になることも言ってたし」


 複雑な造りの顎が軋み、舌のようなものが一瞬覗く。


「前線以降の小通路はまだ一本しか見つかってないけど、彼女『数本』って言ってたでしょ。相当奥地まで足を踏み入れてる」


 初めて聞く前線の情報だった。踏み入ったことは無くとも、情報は収集しているのだろう。


 ただ、今は素直に感心するような心境ではない。


「逃げに徹しているとしても、危機察知と立ち回りが相当上手くないと……ましてや一人なのだから」


 アムネリスの言葉で浮き彫りになったのは、アニュイという冒険者の「実力」ではなく「底知れなさ」だった。黙したままリシアは異質な空気に身を縮める。


「ま、嘘ってこともあるでしょうし」


 翻って、明るい声音でアムネリスは戯ける。


「どっちにしろ面白そうじゃない。ねえ」


 本心からの言葉なのだろう。アムネリスは嗤った。

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