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復路(1)

 シルトの声と共に一団は動き始める。


 遠ざかる前線を一度振り返り、不夜城のような灯りに目を細める。


「ゆっくり見ることはできなかったけど、造りとかは大体わかったね」


 また来ることも、いつかはあるはずだ。


 隣を歩くアキラに話を振る。


「うん」


 背後を振り向いたまま同輩は頷く。


「でも、先の様子はわからなかった……」


 ぽつりと続いた言葉にまず反応したのは、アムネリスだった。


「先?門の外まで出たの?」

「いえ、物見台を見させてもらえたんです」

「物見台って門の上の?ああ、ご親戚が碩学院にいらっしゃったわね」


 それで、と納得しかけたアムネリスの発言を遮るように、アキラが問う。


「門の向こうに行ったことはありますか」


 夜色の瞳が、フェアリーの複眼を見つめる。暫しアムネリスは黙して、顎を小さく開いた。


「いいえ。私達はまだ立ち入ったことはないわ」


 それはリシアにとっても意外だった。目を丸くし、思わず声を出す。


「そうだったんですか」

「準備が必要とか色々理由はあるけど、今のところは行く理由が無いというのが一番大きいかしら」


 その答えを聞いて納得する。


 最前線で何か大きな発見があったという情報は寡聞にして知らない。碩学院の関係する依頼を除けば、地図の作成ぐらいしか安定した依頼が無いのだろう。それでもなお最前線を探索する冒険者には頭が下がる。


 この返答を聞いてアキラはどう思ったのだろうか。


 傍らの少女の顔を見上げる。いつも通りの無表情のまま、アキラは口をわずかに開いた。


「そうですか」


 話は終わったのだと、思った。


「貴女は、行ったことありますよね」


 ふいと夜色の瞳がアムネリスを超えて、女冒険者に向けられる。ぼんやりと歩いていたらしい女冒険者は目を見開き、慌てふためいた。


「は、はい。どこにでしょう」

「最前線です」

「ああ……」


 そんなことか、とでも言うように微笑む。


「はい。一月ほど奥地にいました。この基地には昨日戻ってきたところなんです」


 質問したいことはいくつかある。何の依頼で潜っていたのか。「昨日戻ってきた」ということは、その間基地に戻ったことは無かったのか。一月もの間食事はどうしていたのか。


 問うべきか迷うリシアよりも一足早く、アキラが口を開いた。


「どんなところでしたか」


 アニュイの表情が変わった。おどおどと距離を置くような不安気な瞳が、別の輝きを秘める。


「賑やかなところですよ。人も多いですし、動物もよく居ます。少し道を外れると色んな鳴き声が聞こえてきて……ああ、それと、ツチホタルは知っていますか。明かりを消すと見える時があるんです」


 きっとこれが地上の自然についての話だったら、情景も鮮やかに思い浮かべることが出来るのだろう。だが地下の、迷宮の話となると別だ。


 明かりを消すなんて、思いつきもしない。


 先程の、物見台の上から眺めた風景は底冷えがするようなものだった。か細い灯りが点々と灯る様を思い出す。あの灯りが無くなった空間なんて、最期に見る景色の間違いじゃないか。以前、湖の小迷宮で灯りを失った時はまだ、手元にウィンドミルがあったから耐えられた。でも、おそらくアニュイの言う景色は炉の僅かな灯りさえないのだろう。


 伝う冷や汗に気付いて、乱雑に拭う。底冷えのするような妄想のせいか、それとも同行する女冒険者に対してか。


 隣のアキラを窺い見る。


「ツチホタルって、どんな生き物?」


 目が合った。


 まだ、正気だ。


「えっと、確か軟体動物だったかな。岩肌に下がって、光る粘液を分泌するの」

「へえ。光る粘液……湖のも、ツチホタルだったのかな」

「あれは微生物らしい、よ」

「微生物?」

「そう。光る原理自体は同じかもしれないけど。光る生物の殆どは自ら光っているわけではなくて反射なんだけれど、ツチホタルはちゃんと化学反応で光を放っているの。あの微生物も詳しく調べたら」

「星空みたいで綺麗なんです」


 話を変えられそうだと思ったのも束の間、楽し気にアニュイは語る。


「最前線はかなり広い空間が続いているんですけど、小通路は短い袋小路が数本しかありません。そこが生き物の住処になっていることが多くて、よく出会します。ツチホタルはとくに害もありませんし可愛いものですけど、クズリやガマは困っちゃいますね」


 場違いな程に笑い声が響く。


 今リシアが聞いているのはとても貴重な話なのだろう。だが心の奥底で警鐘が鳴り響く。


 真に受けていいのか、と言うよりも、真に受けられたら困る。


 幸い、笑い声の後に女冒険者は口を閉ざした。それでもなお、話を聞く機会をうかがうかのようにアニュイを注視するアキラの横顔を、リシアもまた不安気に見つめた。

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