異分子
「アニュイといいます」
女冒険者はぎこちなく微笑む。もたもたと革手袋を脱ぎ、右手を差し出した。
挨拶に握手をする。見慣れた仕草に親近感を覚え、リシアも片手を出す。
「リシアです。リシア・スフェーン」
「よ、よろしくリシアさん」
指先を硬くざらついた皮膚が包む。剣を振るう自身の掌よりも荒れた感触に、内心リシアは驚く。
ドレイクは治癒力が高い。それでも何千何万と傷付けば皮膚は変質する。おそらく彼女の掌は、その果てなのだろう。
あるいは、治りきらない生傷だらけなのか。
頬に薄らと残る傷を掻き、アニュイは困り顔で尋ねる。
「あの、どうしましたか」
慌てて手を離す。
「すみません」
こちらもぎこちなく笑う。アニュイはアキラの方を向き、リシアに対してと同様に手を差し出した。
「アキラ・カルセドニーです」
「アキラさんですね。アニュイです」
互いに会釈を交わす。
頭を上げながら、恐る恐るといった風に女冒険者は確認する。
「あの、お二人とも先程……」
頷くと、安堵したように目尻を下げた。
「やっぱり。不思議な縁ですね」
もう一度会釈をしてアニュイはフェアリーと向き合った。同様に握手を交わす姿を見て、リシアは思う。
拍子抜けするほどに普通の人だ。
同時に警戒する。「隠している」という可能性も大いにあるからだ。そうでもなければ、あの鍵盤琴の女が神妙に話していたのはなんだったのか。それにまだ名前ぐらいしか彼女のことは知らない。
でも、なんだか肩の力が抜けるような雰囲気を持っているのは確かだ。
左方担当に一通り挨拶を済ませたのを見届けて、学徒は口を開く。
「来た時と同様に頼む」
そう告げて、他の学徒が集まる中へと戻っていった。残された女冒険者は所在なさげに辺りを見回す。
「アニュイさん」
その傍らに音もなくフェアリーは近づいた。
「どんな経緯でこの依頼に?」
気やすげな口調だった。異種族には慣れているのか、特に顔色を変えることもなく女冒険者は答える。
「たまたま、学徒の皆さんのお話を小耳に挟んだんです。蟹を探してる時に」
「蟹?」
「なんだか食べたくなっちゃって」
へらりと笑う。浴場でのアキラとのやり取りを思い出した。
「蟹は結局見つからなかったんですけど、地上に行く用事もあったので声をかけてみたんです。欠員の話をしてたので」
「そう」
アムネリスも笑う。先程リシア達に見せた笑顔とは違う、冷ややかさを感じる笑みだった。
「お一人?」
ごく自然にアムネリスは問う。
「はい」
なんでもないようにアニュイは答える。
「前線にはどのくらいの間、滞在してたのかしら」
「一月ですね」
「随分と長期の依頼を受けてたのね」
「いえ、依頼とかではないんです……ああ、前線内での納品依頼とかは受けていましたけど」
置いてけぼりのまま、リシアは二人の会話をただ流し聞く。
一人。
たまたまこの左翼に配置されたのがアニュイ一人だけ、という意味だろうか。
曲解した落としどころをつけようにも、澱のように不安が蟠る。
「そろそろ出発ね。代表のところで最終確認しようかしら」
「そうですか。では、また後で」
話は終わったようだ。アムネリスは踵を返し、女学生二人の方へと向かって来る。
「少し外すわ。また戻って来る」
手短にそう告げて、フェアリーは去る。どこか剣呑な雰囲気に、リシアは穏やかではいられない。
あのやり取りの中で、アムネリスは何かを察したのだろうか。一人考え込むリシアの肩に手が乗る。
「こっちも何か確認とか、する?」
「う、うん。装備は大丈夫?あと、水」
「汲んだ」
必要最低限の確認をしながら、アニュイの様子を窺う。アムネリスに話しかけられる前の所在なさげな振る舞いに戻っていた。
「リシアも水とかは」
「問題ないよ」
「調子も戻ってる?」
「うん」
「一人で来る人も、いるんだね」
がらりと変わった話に頷きそうになり、慌ててアキラの顔を見上げる。
夜色の視線は女冒険者の方へと向いていた。
「お話、聞いてみよう」
「ま、待って」
腕を掴み引き止める。思いの外低い声が出て、アキラも驚いたのかこちらに視線を向けた。
「えっと、その……何か、事情とか」
小声でなんとか捻り出した「言い訳」を聞いて、同輩は目を丸くする。
「そうだね。色々あるだろうし」
反省したような表情に、僅かに心が痛む。
本音を言えば、あまり接触させたくない。
もし本当に、女冒険者がたった一人で行動してきたのなら。そんな事が可能なのだと、アキラに知ってほしくはない。
だって。
「ありがとう。気が利かなかったから」
アキラはきっと、一人でどこかに行こうとするじゃないか。




