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 屋上へと続く扉が閉まる。施錠を示す歯車の軋む音を聞いて、アガタは何ヶ所か空を指差す。


「よし」


 確認を何度も行う姿を見てリシアは少し心配になる。本当は、後学のためだけに立ち入って良い場所ではなかったのではないか。


 笑顔のアガタに聞けるはずもなく、階段を降りる。くん、と手の先が引かれた。


「あ、ごめん」


 手を繋いだままだった。


 気恥ずかしくなって指を離す。体温が移ったのか、アキラの指先は「人肌」並になっていた。


「凄い風景だったね」


 笑顔を作り話を振る。先程までの剣呑な雰囲気は何処へやら、アキラはいつもと同じ無表情のまま頷いた。


「うん」


 そうして、何かを告げようとした。


 しかしすぐに口を閉ざし、別の話題に変える。


「あったかいの、アガタさんが奢ってくれるって」

「アキラに奢るとは言ってないわよ!元気そうだし」


 先の段を下っていたアガタがこちらを見上げる。


「ほんと、いつもの調子ね」


 いつもの調子、なのだろうか。


 少なくとも屋上でのアキラは、普段の様子とは違って見えた。より正確に言えば、地上の学苑や浮蓮亭での彼女とは別人のようだった。


 あのまま、飛び降りてしまうと思ったなんて、言えない。


 闇に攫われるアキラを幻視して、リシアは暫し目を瞑る。


 次に瞼を開けた時、視界にはこちらを覗き込むアキラの正面顔があった。


「ど、どうしたの」

「リシアの方こそ」


 同輩は微かに眉を顰める。


「朝食、足りなかった?アガタさんが言う通り、具合悪そう」

「お腹はいっぱい。ほんと」

「じゃあ……」

「多分、みんなと合流したら治る」


 今度は本心から微笑む。虚勢や誤魔化しでは無い。


「ライサンダーさん達と」


 そう付け加えた途端、アキラは目を輝かせる。


「そうだね。前線の話とかしたい」


 数段先に階段を下り進み、リシアを見上げる。滅多にない視点だ。何か言葉を発するわけでもなく、すぐにアキラは前を向く。


 螺旋階段を下りるアキラの後ろ姿を見つめ、押し殺していたため息をつく。様子がおかしいのはリシアも同じかもしれない。


 なんとか此方に繋ぎ止めることが出来た。


 そんなことを思いながら、二人の後を追う。


 階段を下りきり、既に荷造りが終わった尾花堂の荷車を目にする。申し訳なさそうにアガタは手を合わせた。


「あ……やっぱり出発時間が近いものね」

「お気になさらず」

「そう?確かに顔色はさっきよりは良くなってるけど……体調が悪くなったら、すぐに救護班に言ってね?」


「はい」


 こちらのほうが申し訳なくなる。不意に目が合った尾花堂の女将に会釈をして、集合場所へと向かう。


 夜干舎をはじめとして、冒険者達も揃いつつある。ただ、その中心部で数名の学徒が深刻そうな顔で何事か話し込んでいた。


「どうしたのかしら」


 アガタは小首を傾げる。話し込んでいた学徒のうちの一人がアガタの姿を見つけ、手招いた。


「あら、呼ばれてる。それじゃあまた後でね!」

「またね」


 ひらりと手を振り、アガタは人混みの中心へと向かう。残された二人は所在なさげに周囲を見渡す。先程まで視界にいた夜干舎の姿が見当たらない。


「たぶん、昨日と同じ配属になるよね」

「そうかも。アムネリスさんと合流する?」


 幸い、華奢なフェアリーの姿はすぐに見つかった。一先ず彼女の元へと向かう。


「ア……アムネリスさん」


 少し緊張しつつ名を呼ぶと、複眼がちらつくように此方を見据えた。口端が裂ける。


「おはよう。疲れは取れた?」


 鈴を転がすような声音に頷く。何となく、彼女の今の表情が「微笑み」なのだと、わかるようになってきた。


「ちゃんと眠れました」

「そうなの。何だか、初めてのような気がしたから」

「実はそうなんです。アキラも私も」

「あら」


 再びアムネリスは微笑む。


「すまない、左翼配置の者は」


 会話を遮るように、中心部で誰かが声をあげる。言葉の意味を理解して、思わず同輩とフェアリーの顔を見比べる。


「えっと、私達のことですよね」


 確認するように告げる間に、人の合間を縫って学徒が現れる。表情が無くなるようにアムネリスの顎の継ぎ目が消えた。


「左翼担当は君達だったか」

「はい」


 頷く。


「あ、でも他に灰ノ月会のお二人が」

「彼らだが、依頼を破棄した」


 続いた言葉に二の句が継げなくなる。昨晩の別れ際の顔が走馬灯のように過ぎった。そんな様子は微塵も感じられなかったのに。


「そう」


 一方で、アムネリスは平然とした口調で問う。


「穴埋めの人員は?」

「既に確保している。つい先程、エラキスまでの契約で雇った」


 答えた学徒の背後から、ドレイクが一人現れる。


 「冒険者のような服」としか形容のしようがない服装と特徴の無い顔が、即座に記憶と結びついた。


「よろしくお願いします」


 名前も知らない女冒険者はそう告げて会釈をする。


 鍵盤琴の女の忠告が、リシアの脳内で木霊した。

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